海北友松 展 京都国立博物館

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海北友松(1533~1615)は狩野永徳、長谷川等伯と並び称される桃山画壇の巨匠として、私が若い頃には日本美術の画集に必ずその作品が掲載されていた絵師。ただ最近は若冲や長沢芦雪などが注目されるようになったのとは反対に存在感が弱くなっていて、このまま歴史のスポットライトからはずれていくのかな、とも思っていた。一時期歴史の中に存在を埋没させていた若冲が浮上したのと入れ替わるように歴史から消えていく?と余計な心配をしていた折からのこの展覧会。私自身、その名前を知っていても実作に触れたことはほとんどなかったので、良い機会だと思い行ってきた(5/21(日)まで、京都国立博物館)。

4月29日、土曜の祝日に行ったので混んでいるかと心配したが、観客は少なくまばらで鑑賞条件としては非常に良好。金・土曜は夜間観覧が夜8時まで行われているので6時過ぎに入館して8時までじっくり鑑賞することができた。 

その生涯についても知らなかったのだが、武家出身の友松が絵師として頭角を現すのはなんと60才になってから。83才まで生きたその晩年に巨大障屛画も含めた主要作品を描いたというのには驚いた。狩野派に師事し、2代目狩野元信(1477?~1559)やその孫、狩野永徳(1543~1590)に直接学んだと言われており(元信が他界した年に友松27才)、狩野派から独立したのは1590年に永徳が没した直後という(友松57才)。永徳と長谷川等伯(1539~1610)の2人は利権をめぐって対立していたと伝え聞く中、友松はどういう位置にいたのかと以前から疑問だったのだが、少なくとも友松と永徳とは対立のしようがなかったのだと納得。

友松は年に一度の法要のための金地屏風三双を、狩野山楽(1559~1635、永徳の養子)とともに妙心寺に納めているが、そういうところを見るとその後も狩野派とはうまくつきあっていったのかな、と思う。ちなみに永徳は友松より10才若いが25年も早く没している。等伯は6才若いが5年先に没している。山楽は26才若く、友松の没後20年生きた。

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   海北友松 建仁寺大方丈障壁画「雲龍図」

得意な画題であったという龍の絵はどれも興味深く、特に建仁寺大方丈障壁画の「雲龍図」(1599年)は素晴らしかった。巨大な横長の画面に円弧の渦と2頭の巨大な龍が絡んだ構図がよく練り上げられ、雲で見え隠れする龍を墨の濃淡で表現し前後感を与えている。大胆に画面を大きく使っているが勢いにまかせて描くのではなく、画面の動きを損なわないよう注意深く形態を描いている。こうした巨大な龍の絵としてはひとつの完成形だと思ったし、そもそもこうした巨大な龍の絵のスタイルを築いたのはこの人ではないのか、とも思った。

その表現は牧谿(13世紀、南宋時代)の影響を受けていると指摘されているが、確かに暗い墨の中から浮かび上がる龍が醸し出すその雰囲気は「禅展」(2016年、京都国立博物館)で観た牧谿の「龍虎図」の龍と似ている。牧谿の龍は、経年劣化もあるのだろうが全体に暗い画面で、その中央に霊感を伴う龍の頭部が浮かび上がる様子が魅力的だった。ただし、牧谿の絵は縦長画面の掛け軸で、巨大な龍ではない。
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   牧谿 「龍虎図」より部分

江戸中期になると曾我蕭白(1730~1781)がボストン美術館にある、あの超巨大な「雲龍図」(1763年)を描いたが、今思えばあれは、海北友松の龍を思いっきり大胆にあっけらかんと巨大化しました、という感じの龍だ。墨の暗さ、立て掛けて流れた墨などに似た要素を感じる。たとえば俵屋宗達(1570頃?~1640頃?)も大きな雲龍図を描いたが、薄墨のたらし込みによる明るい白さの中に霊獣の神聖さを感じさせる作品はまた別の趣きだ。フリア美術館にあって門外不出、一度は眼にしたいと思っている作品だが、宗達最晩年作と言われていて、友松の龍より時代は少し後になる。長沢蘆雪の無量寺にある大きな「龍図襖」も江戸中期と時代はさらに後で、さばさばと筆を走らせた南画のような作風だ。

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   俵屋宗達 「雲龍図屏風」右隻

「ボストン美術館展」(2013年、京都国立博物館)で観た長谷川等伯の「龍虎図屏風」の龍も大きくて同時代の作品だが、こちらは1606年作なので友松の建仁寺大方丈障壁画より7年ほど後になる。ボストン美術館展では古い年代順に作品が展示されていたが、この等伯の部屋に入り大きな龍図を目にして、近世の到来を実感した。広く余白を取り、大きな雲(波?)が柔らかなかたちをした大和絵風の龍図である。そもそもこの時代に霊獣を大画面に描くということを始めたのは狩野永徳だと思うが、教科書でよく目にしていた永徳の「唐獅子図屏風」の実物を「狩野永徳展」(2007年、京都国立博物館)で観たときに、”大きな生き物を大画面から浮き立つように描く”というコンセプトで80年代に作品を描いていた者としては、我々がやろうしていたことをすでに400年前の永徳がしていたという事実に対面して呆然とした。永徳や等伯の時代に現れた近世の絵画は現代と地続きだ、と私には思えた(永徳は安土城に龍の絵っも描いたようだが現存していない)。

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   長谷川等伯 「龍虎図」より右隻の龍図

さて、雲龍図とともに今回注目の作品は、60年ぶりにアメリカより里帰りした「月下渓流図屏風」。今までに画集などでも目にしたことのない作品で、先に観たNHK日曜美術館では”奇跡の名画”と紹介されていた。さすがにそれは大げさすぎるのでは、と思っていたが、実物を観て、なるほどこれは素晴らしい絵だ、と納得した。

大和絵風の柔らかい形象で川の流れを描いている。左隻のゆるやかな流れは等伯の龍虎図に描かれた雲(波?)のようにおおらかな曲線を描いているが、右隻に流れる雪解け水の流れは若干速くて、岩と岩が狭い隙間を挟み緊張感を持って接している。松、梅、土筆、蒲公英などの草木はどれも画面の隅であったり小さくあったりして、控えめに存在している。満月と思われる月も雲か霧に隠れて半分も見えない。大きな余白が空間を支配していて、環境音楽のような絵だと思った。等伯の松林図屏風のような目立った存在ではないが、同じ時期に大陸の情景ではなく和の情景を水墨で描いた作品として注目されてよいだろう。

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   購入した絵はがき。上から 雲龍図2枚、月下渓流図屏風右隻、同左隻。

鑑賞後に絵ハガキを選び図録を買おうとレジに行くと、なんと図録の表紙が2種類あって、一つは雲龍図、一つは月下渓流図となっている。中身は同じだというが一瞬迷ってしまった。でも月下渓流図の表紙は”京博限定”という言葉につられてそちらを購入(巡回しない企画なのに京博以外のどこで売っているんだろう?)。龍の表紙のほうが迫力があってよかったかも、と若干悔やみつつ帰宅したが、家で「長谷川等伯展」(2010年、京都国立博物館)の図録を取り出してみて、どちらも薄墨の絵に銀のタイトル文字で瓜二つなのに気付いた。等伯展の表紙画像は松林図。これは意図されたものだな、と後付を見ると同じデザイナーさんだった。双子のような図録を並べて、こちらの表紙にして良かったな、と思った。(n.m.)

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# by matsuo-art | 2017-05-11 03:46 | 展覧会  

ミュシャ展、草間彌生「わが永遠の魂」展 新国立美術館

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新国立美術館のミュシャ展と草間彌生展に行ってきました。
どちらも人気の展覧会でそれなりに混んでいる様子でしたが、まずはミュシャ展の方から行くことにしました。

会場に入ると「スラヴ叙事詩」の巨大絵画が待ち受けています。6メートル×8メートル規模の絵画に四方を囲まれるわけですから、まずスケールの大きさに圧倒されます。
故郷とスラヴ民族の歴史から着想を得たこれらの作品は、写実性がありながらどこかファンタジックで幻想的な絵になっています。
巨大な画面の中で人物の顔や布の皺、草花や装飾品などがいたるところで丁寧に描き込まれており、ミュシャはかなり几帳面な人だったのだろうな~と感じました。
撮影OKのコーナーがありましたので紹介します。

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部分です。

進んでいくとリトグラフのポスターが並んでいます。
ミュシャを人気の作家に押し上げたこれらの作品は、美しい女性や花や星、キラキラの装飾品などが繊細な線で緻密に描かれており、現代でもとても人気があります。
人物や花は描写の線より太い輪郭線で囲まれています。これによって見せたい部分をより強調し、デザインされた枠の部分と距離感を生む訳ですが、髪の隙間や、重なり合った葉の隙間など輪郭線に囲まれて出来た「間」がとても絶妙で「オシャレだな~」と感心してしまいました。



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そして次は草間彌生展へ向かいます。
まず入ると奥行きのある広い部屋に「我が永遠の魂」シリーズがビッシリと並んでいます。
強い色彩と激しいインパクトで部屋に入った瞬間思わず「ウワッ」と声を上げてしまいました。
使われている色や図像(水玉や網、目など)は共通していながらも、1枚1枚独立した別の作品でもあるし、巨大な1枚の絵画のようにも感じられます。
「描いてる時は私命がけなのよ」とドキュメンタリー番組で仰っていましたが、命がけ×130枚はものすごいパワーを発していました。

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奥の部屋に進むと過去作品が展示してあります。
インフィニティ・ネットや黄樹、かぼちゃなど人気作品が注目を集めていました。
[無限の鏡の間]は通る人が皆周りを見渡しながら一種のアトラクションのような感覚で作品を楽しんでいました。


出口付近にはすごい人だかりが…
2つの展覧会どちらとも物販の行列がかなり長く伸びていました。
特に草間彌生展の方はグッズ展開がかなり豊富で「ポップでかわいい水玉模様」マーケティングの強さを感じました…!
(s.t)



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# by matsuo-art | 2017-04-28 18:17 | 美術  

イエス・フューチャリング・アンダーソン・ラビン・ウェイクマン、アルカイックホール 尼崎

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イエス・フューチャリング・アンダーソン・ラビン・ウェイクマン、 4/21(金)あましんアルカイックホールでのコンサートレポートです。

イエス50年の歴史の中で私がよく聴いていたアルバムは「 こわれもの 」から 「トーマトゥ」までの時期。中学から大学生の頃に特に心酔し、その後はリアルタイムでフォローはしないものの(1992年の8人イエス Union Tour へは行った)、時折思い出したようにその時期の楽曲を聴き込む、というように接してきた。

私が考えるベストメンバーは、vo.ジョン・アンダーソン、g.スティーブ・ハウ、b.クリス・スクワイア、key.リック・ウェイクマン(そしてパトリック・モラーツ)、dr.アラン・ホワイトまたはビル・ブルーフォード、となる。それ以降の時期については大ヒットした「Owner of a Lonely Heart」はさすがに知っているものの、他の曲については、ほとんど知らない。今回ギターを弾くトレバー・ラビンが加入していた時期についてもよく知らない。客観的に見れば片寄ったファンかもしれない。

イエスがジョン抜きで活動し、数年前にこの尼崎のアルカイックホールで演奏したことは知っている。これが最後かも、と少し検討してみたものの、結局行かなかった。ジョンのボーカルがないイエスを想像できなかったからだ。結果として、クリスのゴリゴリのベースとツボを押さえたハモりに生で接する機会を永遠に失っってしまった(行った人からは「良かったよ、替わりのボーカルも健闘してたし」と聞いた。クリスは2015年6月に帰らぬ人となった)。

そのときなぜジョンが参加していなかったのか詳しくは知らないが、病気だとか、声が出ないとかの噂を聞いたので、もう私が考えるイエスの演奏を生で聴くことはかなわないのだ、と思っていた。ところが、アンダーソン・ラビン・ウェイクマン(ARW)としてジョンがリックと共に活動しており来日もする、という情報が寝耳に水で入ってきたのだ。これは行くしかない。

今回の日本公演初日(4/14東京)から遡ること7日前の4月7日、イエスがロックンロールの殿堂に入った。NYでの受賞式では分裂した2つのグループからジョン、リック、ハウ、アランが集った上に、引退したビル・ブルーフォードまで駆けつけていたのには感慨深かった(私はこの情報をキング・クリムゾンのHP、DGMで知った)。そしてその3日後、ARWはイエス・フューチャリング・アンダーソン・ラビン・ウェイクマンと改名し、正式に「イエス」の名を冠しての来日となった。

そんな期待と、しかし一抹の不安を抱えてのこのコンサート、果たしてその音楽はどうだったのか。
結論から先に言うと、本当に素晴らしいコンサートだった!ジョンの声が出るのかどうか心配だったわけだが、しっかりと出ていた。曲のテンポもおじさんバンドにありがちなスロー寄りになっていない。全盛期を彷彿とさせる、まさしくイエスのコンサートだった。
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私の席は1階の前から19列目、向って右側寄り(リック・ウェイクマン側)。開演の7時に開始アナウンスがあったが、メンバー登場までには少し間があった。最初に登場したのはドラムとベースの2人。逆光のシルエットで軽くポーズを決めてスタンバイすると、次にラビンとリック・ウェイクマンが登場。リックは太った熊のような大きな体躯で、向かって右手からゆっくり歩いて入ってきた。顔も丸いが髪は70年代のように長い金髪。例のマントを着けているのがうれしい。

そして最後にジョン・アンダーソンがひらひらと腕を動かし、少しおどけながら登場。会場が盛り上がる。やはりイエスにはこの人が居なければいけない。上半身のボリュームはさすがにしっかりとあったが、タイトなパンツにブーツを履いた下半身は細く、見た目が若々しい。事実、コンサート中は飛び跳ねたり歩き回ったりで年を感じさせず(72歳!)生き生きしている。MCでは、ぞうさんの歌やドングリころころなど日本の歌を口ずさんだり、あなたは美しい、と日本語も口にしながら常におどけていた。

ステージと観客の距離が近いせいか、最初は何やら日本のフォークソング歌手が集ったナツメロコンサートのようで、会場が和気あいあいとしている分、オーラが少ない。それもいいかな、とも思っていたが、ありがたいことにそのレベルで終わる人達ではなかった。
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最初に曲の持つ力を感じさせてくれたのは「And You and I」。”こわれもの”からの定番ソングだ。ただ、中間部分のボーカルパートを別アレンジにしていたので、あれっ?と思った。ジョンの声が出ないせいかな、とか、このパートは高い音域だったっけ、などと考えてしまったものだから曲の後半は若干入りこめなかった(斜め後ろの人の手拍子がやたら大きいのにも閉口した)。

しかし「Heart of the Sunrise」でそれは全くの杞憂と判明。スピード感とメリハリのある力強い演奏にジョンの昔と変わらぬ音域の声が乗る。音圧もしっかりとあるボーカルに感動。曲の最後には、ジョンが健在であることそれ自体に心動かされ涙が滲む。最盛期と変わらぬ演奏に思わずスタンディングオベーション。

ラストから2番目の曲「Awaken」がさらにすごい。アレンジを変えることで冗長さを感じさせず(中盤でジョンは延々とハープを弾いた)、厚みのある音は圧巻。リックのキーボードが荘厳かつ華麗に展開する。全体にキーボードの重低音が効果的に響いていた。

ラストの「Owner of a Lonely Heart」ではリックがキーボードを肩から掛けるタイプに持ち替えて移動。ステージ中央で4人で円陣組んで演奏したかと思うと、なんとステージを降りてきた(ラビンも左手から降りたようだがよく見えなかった)。会場の通路をゆっくり歩いて一周し、私の3メートル先まで近寄ってくれた。リックのサービス精神に感謝。その間も曲は延々と演奏され、クリームやビートルズのメロディを挟んだり、ベースが歌ったりしながら観客総立ちの盛り上がりの中で終了。アンコールの「Roundabout」でもその盛り上がりを引き継いで終了しました。
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本来イエスの音に欠かせないスティーブ・ハウとクリス・スクワイアがいなかった訳だが、その不在を感じさせない演奏だった。ラビンはラビンとして楽曲やソロからハウらしさをなくして演奏、ベースも変にクリスを意識することなく自分らしく演奏していたのだろう、逆にそれが2人の不在を感じさせない演奏になっていたように思う。リズム隊が若い(?)のも功を奏しているだろう。コーラスもラビンとベース、ドラム(私の位置からは歌っているところはよく見えなかったが)の4声と厚みがあった(ただ、後で考えると「And You and I」の新アレンジ部分はコーラスのパートだった。単にシンプルにしたかったのか、クリスやハウがいないことが理由だったのか)。

「Heart of the Sunrise」「Awaken」で全盛期のイエスが目の前にいるかのような演奏を体験できたし、彼らのサービス精神で会場が一体となった雰囲気も味わえた。ラビン加入期の楽曲も乗りの良い曲が多く、初めて聴いても結構楽しめたし、十二分に満足したコンサートだった。(n.m.)

セットリスト 2017/4/21 あましんアルカイックホール
1.Cinema(Yes)
2.Perpetual Change(Yes)
3.Hold On(Yes)
4.I've Seen All Good People(Yes)
5.Drum Solo
6.Lift Me Up(Yes)
7.And You and I(Yes)
8.Rhythm of Love(Yes)
9.Heart of the Sunrise(Yes)
10.Changes(Yes)
11.The Meeting(ABWH)
12.Awaken(Yes)
13.Owner of a Lonely Heart(Yes)
アンコール
14.Roundabout(Yes)
(テープ:Life on Mars?/David Bowie song、Piano solo version by Wakeman)
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# by matsuo-art | 2017-04-26 14:56 | 音楽  

センター試験 テスト前と当日のアドバイス

14日(土)に始まるセンター試験まで、残り1週間程になりました。NHK教育テレビ「テストの花道」の以前の放送内容が、テスト前と当日のアドバイスとして役立つと思うので再録します。

現場で実力を発揮するには ”適度な緊張” が必要で、多少の緊張はあったほうが良いのですが、緊張しるぎるとうまく力が発揮できません。2013年の放送では、本番で緊張しすぎないための対策が5つ紹介されていました。なかでも最初に挙げられている「筋弛緩法」は、効果がありそうです。

体に力を入れて筋肉を収縮させてから一気に力を抜いて筋肉の緊張をゆるめるという方法ですが、紹介されたやり方は、それを目、口、肩で行うというものです。試験会場の現場で行うのにちょうど良くて、使えるのではないでしょうか。本番で緊張しそうな人は今から家で勉強する前にやって慣れておいて、現場の会場に座ってからもやってみてください。(実際やってみると、緊張すると出にくくなるという唾液が分泌されるのが実感できます。)

2011年のこのブログでも「テストの花道」で紹介されていた”センター試験1週間前”の心得を紹介しました。その内容も再録します。先輩受験生の体験談や失敗談をいろいろ紹介していましたが、結論としての格言は「実力を発揮するなら普通どおり」。新しい事はやらないほうがいい、ということです。

たとえば苦手科目を最後に集中的にやりすぎて肝心の得意科目の勘が鈍ったという失敗例。合格した先輩たちは、基礎をまんべんなく見直すこと、を勧めています。実践をしながら、まちがったところの基礎を見直すのがよいようです。親にも変わった事はしてほしくない、と言っていましたが、試験前にトンカツなどのカツ類を食べ過ぎて胃もたれになった、親の出すハーブティーを断れずに飲み過ぎて体調不良、など食事に関する失敗例は、どれも良かれと思い普段と違うことをしたから。不安を感じる新たなことには断る勇気も受験生には必要です。

時計は必需品だと言っていましたが、これについては当研究室テキストの「入試前の心得」にも書いています。実は研究室の受験生で過去にこれで失敗した人がいます。わざわざ新品の時計を買って持って行ったのになぜかその時計が1時間遅れていて、それに気づかず、デッサンで実力を出せなかったのです。第1志望大学は不合格となり第2志望大学に行きました(ただ、後日談としてその人は、東京芸大の大学院へ見事合格しました)。
他にも単純に時計を忘れていって時間が分からなかった人もいましたが、わからない分、デッサンを早め早めに進めて、今までで1番充実したデッサンに仕上がった!という怪我の功名の人もいます。でもとにかく、テストには時間配分がとても大事なので、時計は必ず持っていきましょう(ケータイは使えません)。

本番で注意することとしては、マークミスが一番に上がっていました。途中でマークがずれている事に気づいたら焦ってしまいます。絶対に避けましょう。対策としては大問1問ごとにチェックする、ということ。また、わからない問題にも、とりあえずどれかマークしておいて後で見直すという印をつけて先に進む、そうして空白の問題を作らない事でマークのズレを防ぐ、というアドバイスもありました。
あと、トイレの場所を確認しておくことも大切、ということでした。

また、受験当日の用意として、
1、会場までの道のりを調べておく。
2、試験会場で勉強する専用ノートを作っておく。
3、軽食を持参。
4、体温調節できる服。
5、下痢止め。
を上げていました。

これらを参考にして、受験生はこの時期、そしてセンター本番を乗り切っていきましょう。試験1週間前の鉄則、それは「普通どおり」です!(n.m.)
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# by matsuo-art | 2017-01-06 12:36 | その他  

謹賀新年 2017

明けましておめでとうございます。
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# by matsuo-art | 2017-01-01 12:00 | その他  

「武満徹・音楽創造への旅」立花隆著/文藝春秋刊

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今年は作曲家・武満徹(1930〜1996)の没後20周年ということで、各地で演奏会が開かれたり、彼の音楽を概観するCDが発売されたが、おそらく彼を記念する事業の中で今年最大級のものは立花隆氏による「武満徹・音楽創造への旅」(文藝春秋刊)の出版だったのではないだろうか。

この本は全780ページ、各ページ2段組みでマージンほとんどなしという文字ぎっしりの大著で、半月ぐらいの間どこに行くにも持ち歩いて読み進めたが、あまりにも面白い本で読み終わるのが惜しいくらいだった。
ジャーナリスト・評論家の立花隆氏による武満自身へのロングインタビューをもとに、それに武満の著作や他のインタビューからの引用、関連人物への取材、その他さまざまな資料を縦横に駆使して武満の生きた時代と文化の状況、その音楽創造の本質を浮かび上がらせている。
「タケミツ」という幹から様々に伸びる、人や物事のひとつひとつを枝葉に至るまで立花氏らしく執拗かつ丹念に追いかけて行くとこんな分厚い本になってしまった、という感じだが、とりわけ素晴らしいと思ったのは、武満とその関連人物 (同時代の音楽家仲間、芸術家、評論家、プロデューサーやエンジニア、家族や友人たち)の交流や活動の軌跡が生き生きと描かれ、そのことがそのまま戦後の(美術を含む)前衛芸術の状況の貴重な記録にもなっているところだ。

私自身はこれまで、手持ちの何枚かや図書館で借りてきた武満のCDを時折聴くことはあったが、どちらかというと「一応聴いておかなきゃ的」な聴き方であって、それほど集中的に聴き込むということはなかったし、武満の何冊かの著書(「音、沈黙と測りあえるほどに」や「時間の園丁」、大江健三郎との共著の「オペラをつくる」や小澤征爾との共著の「音楽」など)もざっと目を通してそのまま放置していたような状態だった。
武満徹といえば、アカデミックな音楽教育を受けることなしに独学で音楽を始め、前衛的な音楽の創作に取り組んできた20世紀を代表する作曲家であること、若い時にピアノがなかったので紙の鍵盤を持ち歩いて練習したり、見ず知らずの家に上がりこんでピアノを弾かせてもらったりしたこと、最初期のオーケストラ曲「弦楽のためのレクイエム」がストラビンスキーに激賞されたことで一躍有名になったこと、尺八と琵琶の独奏をオーケストラに取り入れた曲「ノーヴェンバー・ステップス」が、ニューヨーク・フィルによって委嘱され小澤征爾の指揮で演奏されたことで世界的な評価を得たこと、前衛音楽の分野ばかりではなく特に映画音楽の分野で多くの仕事をしたこと…などの良く知られたエピソードがある。そうしたエピソードが私の中でも一人歩きしていて、彼の音楽を聴き込み、そもそも彼の音楽とは何か、その可能性はどのようなところにあるのかを考えるまでには至っていなかった。音楽にしても、その文章から感じられる音楽をめぐる思考にしても、優れた芸術家の作品として無視できないものでありながらも、その音楽の一見取っ付きにくそうな外観に加えて、今までの私の表現上の問題や私を取り巻く時代性とは何か縁遠いものであるようにも感じられていたのだった。

しかし、この「武満徹・音楽創造への旅」という本を読み、同時にそこに出てくる武満の音楽を一つ一つ追うように聴いていくことで、それぞれの曲が生まれる背景やその内容、方法論を知ることができ、今まで漠然と聴いてきた彼の音楽が私のなかで身体を伴ったものとして立ち現れてきた。
武満徹という一人の芸術家の、ある状況のなかで必死に、何か自分のなかにある止むに止まれぬものを書き表そうとする姿勢は、芸術のジャンルや時代性の違いにもかかわらずに共感できるものだし、実際に彼の生み出した音楽は改めて聴いてみるとひどく美しいものだった。(彼の友人のジャスパー・ジョーンズやジョン・ケージからは「美しさにこだわりすぎる」と批判されてもいたらしい。) そのほかにも、日本という場所で西洋音楽をやるということのジレンマとそのことにどのように意味を見出すのかという問題を抱えざるをえないということや、一つ一つの作品を構想する上でどのような課題を自分に課し、方法論を発見し、表現として結実させて行くのかを誠実に考え詰めていくことなど、読んでいて共感できることも多かった。

最も強く印象に残ったことは、前述の通り、彼が終戦後の日本の文化的な状況(海外の同時代の芸術の情報がきわめて得にくい状況)の中で、驚くほど沢山の人に直に出会い、親交を結び、協働しながら、影響を受け取ったり与えたりして新しい音楽を生み出すべく自らの作曲に生かし、活動の場を広げたりしてきたことだ。(その中には本書に出てくるだけでも、先に挙げたジョーンズ、ケージ、小澤の他に、瀧口修造、芥川也寸志、黛敏郎、秋山邦彦、黒澤明、観世寿夫、浅利慶太、オリヴィエ・メシアン、鶴田錦司、横山勝也、ルチアーノ・ベリオ、高橋悠治、一柳慧、岩城宏之、ヤニス・クセナキス、勅使河原宏、ツトム・ヤマシタ、杉浦康平、宇佐美圭司、ジョージ・ラッセル、ピーター・ゼルキンなどなど…ジャンルを超えた名前を見いだすことができる。) 孤独に生み出され、音と沈黙の間に屹立するかような彼の音楽も、様々なレヴェルでのネットワークの結び目の中から誕生していたのかもしれない。

この本は、著者・立花隆氏の執拗な取材と構築によって、武満の音楽の核心を明らかにするとともに、音楽をただ聴くだけでは見えてきにくい側面をも門外漢にも理解しやすい形で明らかにしていて、私にとってすごく大事な読書体験となった。(Y.O.)
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# by matsuo-art | 2016-12-05 13:39 |  

草木染めー彼岸花

1週間前になりますが、雨続きの天候の合間を縫って、大阪・能勢に在住の染織家の山本有子さんの工房を訪れました。
山本さんは自ら育てた藍を使った藍染めの作品を中心に活動しておられます。

今回の訪問の目的は、藍の生葉が穫れる時期にしかできない藍の煮染と、季節の草木染めを教えて頂くことでした。
この日はお彼岸が終わり彼岸花が満開で、彼岸花染めを体験させていただきました。
今年は彼岸花が少し遅いそうです。

シルクと綿を格子状に織った薄いストールを染めることにしました。
彼岸花の茎から花まで全体を10センチほどの長さにパキパキと折った物に水を加えて鍋で煮だし、ザルでこして染め液を作ります。
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あらかじめお湯に浸し糊を落としたストールを染め液のたっぷり入った鍋で煮ます。
下の写真は染め液に浸けたtころです。
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その後水洗いし、媒染液(今回は酢酸アルミ)に浸し、水洗いの後、もう一度液につけて煮出しました。
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上の写真は媒染後、もう一度煮出しているところで、かなり色が濃くなっています。
染め上がったものがこちら。
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深めの緑色です。
色の薄い部分が綿、鯉部分がシルクです。シルクの方がより色が濃く染まります。

わたしが訪れる何日か前にヒガンバナで染めたものを見せて頂きました。同じストールを使用していましたが、もう少し黄緑がかった色合いでした。
その時はヒガンバナの咲き初めの頃だったそうで、真っ赤に咲いた満開の時期の方が色が強く出るのかしら、とのことでした。
時期や状況で色が異なる、コントロールしきれない自然に添った面白さが、とても豊かだと感じました。

同じ日に藍の生馬の発酵煮染め、ハンノキの染めもしました。
藍の煮染めはシルク素材で藤色に、ハンノキは綿を染めてグレー寄りの茶色になりました。

畑では藍が育ち、花を付けています。
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この後、藍は刈り取られ、葉を選別し、乾燥、発酵、と大変な作業を経、「すくも」という藍染めの原料になります。
美しいジャパンブルーの鮮やかな色はこの草から生まれます。
                              (yo.m)
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# by matsuo-art | 2016-10-07 23:55 | 工芸