<   2009年 07月 ( 6 )   > この月の画像一覧

 

8月のピースメーカー

アメリカとカナダにまたがる五大湖のひとつ、オンタリオ湖の南にネイティブ・アメリカンの準独立国「イロコイ連邦」がある。(アメリカ合衆国内にあって、治外法権や独自のパスポートの発行などが認められている。)

イロコイ連邦は、セネカ、モホーク、オナイダ、カユーガ、オノンダーガという5つの部族から構成されているが、かつてはこれらの部族内、部族間では血で血を洗うような戦乱の時代が続いていた。
11世紀の後半、この地に「ピースメーカー」と呼ばれる異部族の若者が現れ、100年かかって一つ一つの部族を回り、彼らと生活をともにしながら、暴力によるのではなく理性と話し合いによる紛争解決の重要性を粘り強く説き続けた。

「人間は誰でも心の奥底に<グッドマインド>を宿している。それを正しく使えば地球上のあらゆる兄弟姉妹と仲良く共存できるはずだ。動植物や水など地球の恵みに感謝しながら、未来の世代が同じ恵みを享受できるよう努めることこそ正しい人の道ではないのか。」

長い困難な努力の結果、このピースメーカーのメッセージをようやく受け入れた各部族は「イロコイ連邦」を設立、部族間における武力による紛争解決の放棄と、代表団全員が合意に至るまで徹底的な話し合いによって問題を解決することなどを中心とした独自の制度を作り上げた。

作家の星川淳氏の考察によれば、この徹底した平和主義と民主主義は、アメリカ建国時に憲法を起草したベンジャミン・フランクリンやフランスの啓蒙思想家などに大きな影響を与え、アメリカ建国やフランス革命をへて、その精神は日本国憲法に結実するという。(「魂の民主主義」築地書館刊)
学校の社会の教科書には載っていない大胆な仮説ではあるが、僕自身は「正史」の背後にある見えない(しかし有力な)歴史の一つの流れを示すものとして、この仮説は大いにあり得ると思うし、なによりネイティブ・アメリカンの叡智に源を発する思想が、世界史の中で渦を描くように拡大しながら日本の憲法の中に流れ込んでいるというその壮大な話を非常に気に入っている。
f0189227_1932566.jpg

ところでピースメーカーは遠い過去の話にとどまるものではない。現在にも世界中であまたの「ピースメーカー」が活躍しているはずだ。

現代の「ピースメーカー」でまず思いつくのは世界中の紛争地域や発展途上国で活動するNGOだろう。比較的良く知られた「ドイツ平和村」(紛争地域で負傷した子どもたちを医療施設の整ったドイツで一定期間治療する施設)や「ペシャワール会」(アフガニスタンで医療、農業支援、水源確保などの活動を行っている)をはじめ、僕の知る限りでもチェルノブイリイラクムスタン、トーゴなどで各NGOによって医療支援、生活支援の活動が行われている。
少し前(4/21)、NHKの番組「プロフェッショナルー仕事の流儀」で紹介されていた、紛争地域での武装解除を任務とするNGOの代表者・瀬谷ルミ子さんの仕事ぶりを観たとき、そして先日(7/26)も「情熱大陸」でミャンマー(子どもの死亡率が非常に高い)で子どもへの医療を無償で行っている日本人医師・吉岡秀人さんの活動を観て、「ここにもピースメーカーがいる」と感動した。そして、5年前イラクで武装勢力に拘束され、さらにそのことで日本中でバッシングされ、それでも今もかの地への支援活動を続ける高遠奈穂子さんも忘れてはいけない。

翻って、自分自身を見つめてみる。美術は「ピースメーカー」たりえるのか。
そうでありたいと思う。しかし美術は、上の人たちの仕事のように現実に直接的に介入して解決を模索するような質のものではないだろう。むしろ美術の力とは、光やポエジーやユーモアなどが結晶した、あたかも漢方薬のようにじんわりと、あるいは時間と空間を超えて不意打ちのように効いてくるような質のものなのではないだろうか。もしかしたらその効果は何10年先に現れるかもしれないし、見当違いのところに現れてくるかもしれない。それに対して克服すべき現実の困難は今、目の前にある。だから焦るのだが、その一方で「ピースメーカー」は様々な位相・様態で存在していいはずだとも思う。

自分の生み出した作品が「ピースメーカー」であってほしいと願いつつ、今日も絵を描こう。もうすぐ8月。( Y.0.)
[PR]

by matsuo-art | 2009-07-29 19:37 | その他  

CMのやかん

SECOMのCMに出てくるやかん、木村拓哉が火を消したかどうか気になっているあのやかんは、柳宗理(やなぎそうり)デザインのやかんですね。柳宗理については、以前のこのブログに書きました。
f0189227_23101247.jpg

このやかん、家にあるのですが、実は今、引退しています。前の家では使っていたのですが、今の家に引っ越したら、お湯が湧いた音が聞こえにくく危険なことがわかり、お湯が湧いたらピーピーと笛が鳴るピーピーケトルに買い替えました。

そのピーピーケトルも最初に買ったものはやたら重くて普段使いに不便だったので、2代目として買った小さな1500円の安物ピーピーケトルを、1番よく使っています。
でも冬のあいだは休んでいた1代目ピーピーケトルも、夏になって大量にお茶を作るのに、今はがんばって復活しています。(n.m.)
[PR]

by matsuo-art | 2009-07-27 23:01 | TV  

「ゆれる」と「カリフラワーズ」

現在公開中の笑福亭鶴瓶主演映画「ディア・ドクター」を撮った西川美和監督は、昨日発表された直木賞にもその短編小説集が候補としてノミネートされていたらしい。この映画の宣伝を兼ねて西川監督はいろんなテレビ番組に出ていたが、その一つ、NHK「トップランナー」に出ているのを私は観て、この人のことを初めて知った。自らが脚本を執筆するというこの監督に興味を持って、前作の映画「ゆれる」を早速借りて、先日観てみた。
f0189227_343923.jpg

「ゆれる」は、オダギリジョー演じる弟と香川照之が演じる兄との、1人の女性の死をめぐって”ゆれる”内面の機微を軸にして描いた映画。懐かしい感じのテイストを持った映画なのだが、そのテイストは一言で言えばATG(アートシアターギルド)のテイスト。ATGは非商業主義の芸術的低予算映画を製作・配給していた会員制の製作システムで、学生の頃、1980年前後に製作されたATG映画をいろいろと観た。

「ゆれる」は現代の話なのだろうが、田舎町が舞台になっていたり、オダギリジョー演じる東京の最先端のカメラマンが乗る車が古いアメ車(?)だったり、ファッションも70年代風であったりと昔の雰囲気を醸し出していて、今時めずらしくあのテイストが漂っているのが良かった。それともう一つ思い出したのが、向田邦子のドラマ「阿修羅のごとく」。昔観てインパクトのあった好きなドラマだが、こちらも4姉妹を軸に愛憎の機微を描いていて、”もの”のアップによって不穏な心情を描写する方法も似ていた。

ただ、内容は暗く、ある種奇跡的ではあるが後味の悪いラストシーンも手伝って、好きな映画とは言えない作品ではあった。兄弟2人の演技がとても良いのだが、オダギリジョーはうまく演じれば演じるほどかっこ良く見え、香川照之はうまく演じれば演じるほど気持ち悪く見える、という役どころなのがこの脚本の意地悪さなのかもしれない。
また終盤、感情が溢れ出すオダギリジョーの気持ちに観客を同化させるにはエピソードが足りない気がした。しかし、すべてを語り尽くすタイプの脚本ではないので、そこもあえて語っていないのかも知れない。

ATGテイストを醸し出すもう一つの要素が音楽で、音数の少ないチープでブルージーな演奏が、これまた昔のドラマを連想させる。演奏したカリフラワーズは'07年にすでに解散していたが、早速借りてきて、はまってしまった。カリフラワーズの中心になっていたボーカル/ギターのナカムラ氏は「ディア・ドクター」でも音楽を担当しているようです。(n.m.)
[PR]

by matsuo-art | 2009-07-16 20:20 | 映画  

ノダマキコさん個展「rhythmin」 

イラストレーターのノダマキコさんから個展の案内が届きました。

MAKIKO NODA SOLO EXHIBITION
2009.7/6(月)〜31(金) 9:00-25:00(最終日は18:00まで)
f0189227_1437667.jpg

caffe NEUTRAL
〒658-0051 神戸市東灘区住吉本町2-1-17  tel 078-811-8607

今週の月曜日からすでに始まっていますが、31(金)までてと期間はまだまだあります。
展示スペースは「※カフェのため、観覧のみのご来店はご遠慮願います」となっていますから、お茶を飲みに立ち寄ってみて下さい。また「※夕方以降は照明が暗くなります。」ということですから昼間に行くのが良いかも。
ちなみにcaffe NEUTRALのHPではノダマキコさんのインタビュー音声もアップしていて、制作のことなどについて語るノダさんの "肉声”が聞けます。

そのインタビューでも、また、ノダさんのHPでも紹介されていますが、「千趣会 」の企画「クリエイターズギャラリー」第1弾アーティストとして本社屋壁面に大きく拡大したノダさんの作品が展示されていて、その原画も個展に展示されているそうですから楽しみです。(n.m.)
[PR]

by matsuo-art | 2009-07-10 22:33 | 展覧会  

篠山チルドレンズミュージアム

篠山のチルドレンズミュージアム、通称ちるみゅーは、学校統合で閉鎖された中学校を再開発して作られた施設。
f0189227_3135643.jpg

何度か子供といっしょに行ったことがありますが、とても気持ちの良いところです。校庭には芝生が敷かれ、中央には大きな木があります。校舎の裏は里山があって、散策もできます。田んぼや畑、ビオトープも隣接していて、田植えや稲刈りも体験できます。
木造2階建ての校舎にはワークショップ棟、子供グラフィティ棟、レストラン棟などがあり、アートアベニュー、絵本の部屋、くるくるグラフィティ、世界の10才、子供横町、ひみつBOXコーナーなど、いろいろ遊べます。庭には大きなシャボン玉を作って遊べるシャボン玉ガーデンや彫刻的な遊具もあります。

たとえば「ひみつBOXコーナー」では、たくさんあるひみつの箱から1つを選んで、カウンターのスタッフから借りて来ます。1つ1つの箱が違う仕掛け、内容になっているので、子供たちは夢中になって次から次へと借りて遊びます。「くるくるステーション」では、回転寿しのようになつかしいおもちゃが回り、100種類の”くるくるペーパー”や昔の遊びが詰まった引き出しがあります。「アートアベニュー」には科学的な仕掛けで遊べる装置があって、どれも良くできています。「世界の10才」では世界のいろいろな民族衣装を実際に着ることができます。絵本のコーナーには良質な絵本がいっぱいあって、私はここで荒井良二さんの絵本をたくさん読破しました。また、ワークショップスペース、里山、田んぼなどで様々なワークショップが年間を通して企画されています。芝生の校庭は気持ちがよいので、天気が良ければショップで買った100円程度の昔ながらの飛行機を飛ばすだけでも楽しめます。

ところがこのちるみゅー、休館の危機にさらされています。もともと99年の「平成の大合併」トップバッターとして生まれた篠山市。ちるみゅーはそのときの「合併特例債」などの借金で作られた「ハコモノ」です。18億円かけて作られましたが、市の借金が膨らむ中で見直し対象になり、来年春までに収支改善がなされなければ休館との方針が出されています(7月2日の朝日新聞朝刊に知事選にからめて関連記事が載っています)。

運営を考えずに施設だけを作ってしまうハコモノ行政は批判されるべきですが、しかしこのちるみゅーは「創造性豊かな人づくりと、子どもたちの「生きる力」を育む拠点」として優れています。これを採算がとれないからなくすというのは、あまりにももったいない。運営がむずかしいのは、残念ながら交通の便が不便だからです(実際、車がないとなかなか行くことができません)。でもこの場所でなければ、この施設はできなかったと言えますし、すぐれた文化・芸術がかならずしも採算がとれる訳ではないので、必要ならば保護しなければいけません。

小さなお子さんがおられる方は是非行ってみてほしいと思います。また、将来美術の教師をめざしている受験生や学生さんにも、美術と子供の教育との関わりを考える上で参考になると思うので、是非行ってほしいと思います。(n.m.)
[PR]

by matsuo-art | 2009-07-04 02:40 | その他  

ピナ・バウシュ死去

マイケル・ジャクソンが亡くなったと聞いても私はファンというわけではないので、「もしもプリンスが亡くなったら悲しむだろうな」とか思いながら、特にショックというわけではなかった。それでも一世を風靡したおなじみのメロディなので、スリラーやビート・イットの曲が頭の中で反復していたりするし、亡くなる2日前の元気なリハーサル姿の写真などが公開されると、なんで亡くなってしまったんだろう、と思ったりする。

そんな矢先のこの記事。マイケル・ジャクソンの記事がまだ大きく取りあげられている今日の朝刊、社会面左下隅に小さく載っていたのを見落としていて、夜に家に帰ってから知った。
「ドイツの舞踏振付家 ピナ・バウシュさん死去」
享年68歳。
これはショックだった。

ドイツのブッパダール舞踏団を率いるピナ・バウシュの作品は、ダンスに演劇的な要素を取り入れた独特の手法で、「タンツテアター」とも言われている。演劇的といってもストーリーが明確にある訳ではなく、ダンサーの個人的な体験から取り出されながらも原因を剥奪された感情的な行為など、一見ダンスの外側にあるような様々な要素を紡ぎ合わせ、とても印象深く、強力な舞台を作り上げる。ピナの手にかかると、実はこれこそがダンスではなかったか、と思うほどに、大きな驚きと感動がある。

ピナ・バウシュが亡くなってもその作品は団員が伝え続けるだろうが、新作はもちろん、旧作のピナ自身による新展開は、もう望むことができない。そう思うと、実は生前に1度だけしか実際の舞台を見ていないこと、それもピナ本人が踊っていたにもかかわらず若干印象の薄い作品であったことが、私のピナ・バウシュ体験として残念に思うところである。

私がピナ・バウシュに魅せられたのはその映像作品を見てからで、そこではダンサーにインタビューしながら作品を形作って行く特異な制作過程と、代表作品の断片を見ることができます。過去に研究室でも数回上映しましたが、また機会があれば写してみたいと思います。(n.m.)
[PR]

by matsuo-art | 2009-07-01 11:44 | その他