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カテゴリ:その他( 50 )

 

カタルーニャ国際賞受賞式での村上春樹氏スピーチ

9日にカタルーニャ国際賞を受賞した小説家の村上春樹氏。授賞式でのスピーチ全文が掲載されています。

東日本大震災について語られたこのスピーチは、自然災害が多いこの国土に住む我々の精神性と美意識にふれつつも、「非現実的な夢想家として」その倫理や規範を修復しなければいけない、と語っています。一般的な文脈では芸術家に対し否定的に使われるであろう「非現実的な夢想家」という言葉、それを”現実を動かす倫理”として肯定的にとらえ直したこのスピーチは、日本人みんなが共通して持つべき言葉ではないか、と思いました。(n.m.)

by matsuo-art | 2011-06-13 23:34 | その他  

正勝吾勝

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合気道を稽古していると時々耳にする言葉に「正勝吾勝(まさかつあかつ)」というものがある。古事記に出てくる神様の名前「正勝吾勝勝速日天忍穂耳命」から来ているとのことで、もともとは「正しく勝った、私が勝った」という意味だそうだ。

だが合気道的な文脈では、「正しいことをしていれば負けることはない」という感じの意味合いで用いられることが多いように思う。
僕の解釈では、「正しい姿勢、正しい間合い、正しいタイミング、正しい動き、そして正しい心の持ち方が身に付くよう稽古せよ。大事なことは、相手に勝つのではなく自分に勝つことだ」ということではないかと思っている。
試合の無い合気道では、相対する相手は敵ではなく自分を磨くための重要なパートナーであり、さらにはまさに自分そのものを映し出す鏡として存在する。(自分が間違った動きをすれば相手をうまく投げることができない。)要するに合気道は、「正勝吾勝」の心で稽古する中でたまたま相手に負けない力が身に付くのであって、相手に勝つために稽古しているのではないということなのだ。相対的に生じる結果を目的とするのではなく、自分自身の絶対的なあり方を探究するそのプロセスを重視する態度と言ってもいい。

合気道は武道だが、そのような態度は美術も同様なのではないかと思っている。(僕が合気道を気に入ってずっと稽古し続けているのは、合気道に「美術」を見ているからなのだが・・・。)
美術には本来勝ち負けは無い。それは、自分とは何かを探究し、自分のテーマを追求していった末に到達できるであろう地平を目指し、自分がやるべきことをひたすら実践していくことが基本であり、そして、そのような優れて個人的な営為が逆説的に他者とのコミュニケーションの回路を開いていく。
その限りにおいて、生じる質は本質的に多様であるべきで、人と比べてどうだ、ということは本来無いはずなのだ。
(それは、他者は関係ない、自己中心的でいい、という態度ではないことは言うまでもない。「正しい姿勢、正しい間合い、正しいタイミング、正しい動き、そして正しい心の持ち方が身に付くよう」取り組むのだから、そのためにはいろいろな知識・技術を身につけることに加え、身の回りの様々な物事の参照/相克は不可欠だ。言い換えれば、心を開いて様々な物事を受け入れ、そしてその関係性によって成長させていただくのである。)

僕は、合気道がそうであるように、美術は「総合的な人間力」を涵養するための非常に有効な方法論の一つだと思う。合気道が「正勝吾勝」の心でひたすら稽古を繰り返すことで「人間」を錬磨する武道であるように、美術は「美しいものとは何か」をひたすら問い続け、それを形にしていくことで「人間」を磨いていく。
今年も当研究室からたくさんの研究生が巣立っていき、それぞれの大学で美術(僕がここで言う美術は広義のものです)に取り組んでいくが、大学で「自分とは何かを探究し、自分のテーマを追求していった末に到達できるであろう地平を目指し、自分がやるべきことをひたすら実践していくこと」は、必ずそれぞれの人間力を向上させ、(将来、仮に美術に関係する仕事に就かなかったとしても)いろいろな立場に於いて社会で活躍できる力を育てるはずだと思う。もちろん、自分が学んだ勉強そのものを生かせる道に進んでいけばそれはそれで素晴らしいことだ。

当研究室室を修了される皆さんの大学生活が、夢中になって勉強に打ち込むことで自分自身の道を見つけ、それを少しでも深めていけるようなものであることを願っています。(Y.O.)

by matsuo-art | 2011-03-22 19:46 | その他  

節電

「ソトコト ロハスピープルのための快適生活マガジン」のウェブサイトで、節電のための方法をまとめてありました。以下のテキストはコピぺして配布して良いということなので、このブログにも貼付けておきます。(Y.O.)

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被災地の復興のために、わたしたちができること 私たち一人ひとりの節電努力が、被災地が必要とするエネルギーを創ります。

 2011年3月11日に発生した、東北地方太平洋沖地震による甚大な損害は、私たちがこれまでに経験したことがない災害です。被災地域に暮らしている方々、救助活動や復興活動に尽力されている方々を支援するために、私たちができることのひとつが「節電」です。

 未曾有の大地震による、電力施設への被害発生により、私たちの日本は電力が不足しています。特に、被災地域においては、電力の確保は、救援活動や復興活動にとっては極めて重要な問題です。

 政府及び東京電力は、3月14日から「計画停電」の実施をアナウンスしています。計画停電は、電力需要が現状の電力供給能力を上回ってしまった場合に実施される手段であり、電力需要を抑制するためには、鉄道、工場、大型商業施設などの社会全体での節電努力、そして、一般家庭での節電努力が必要です。

 いま一番大切なことは、まず被災地が必要とするエネルギーを確保することです。そして、そのためには、私たち一人ひとりが「節電」を心掛け、続けていくことが重要です。

 電気は、水道やガスの供給にも必要とされるエネルギーであり、被災地での救援活動や復興活動に必要なライフラインの確保のためにも、私たち一人ひとりの節電努力が必要です。

私たちが、生活のなかでできる節電

* 外出の際、あるいは、使っていない電気製品のプラグはコンセントから抜きましょう。機器によってはプラグを挿し込んでいるだけで、待機電力を消費してしまう場合があります。
* 昼間は、なるべく必要最低限の照明で過ごしましょう。オフィスでは、昼休みの消灯や、通路のなどの照明の間引きも節電になります。
* 暖房機器を必要とするこの季節は、朝の時間帯や18:00〜19:00の時間帯が電力消費のピークタイムとなります。電子レンジ、洗濯機、炊飯器などの消費電力の高い機器は、ピークタイムをずらして使用しましょう。
* 冷蔵庫にはものを詰め込み過ぎないようにしましょう。また、電気炊飯器の保温時間を減らすのも節電に有効です。
* 屋内では、温かい格好をして、カーテンを閉める(断熱効果があります)などして、エアコンやストーブなどの暖房機器を使う時間を減らしましょう。
* テレビよりもラジオのほうが消費電力が小さくてすみます。

 電気を大切に使うことで、被災地を励ますことができます。

 私たち一人ひとりの節電努力が、被災地が必要とするエネルギーを創り出します。物資援助やボランティアなどの人的支援も必要ですが、被災地側の受け入れ態勢も充分ではない今、私たちが、いまそれぞれの暮らしのなかでできるアクションが「節電」です。

 私たちが日々の暮らしのなかで、節電に努力し、続けていくことは、確実に、被災地のチカラになります。

 現在、節電が必要とされているのは、東日本エリア(東京電力、東北電力、及び、北海道電力の管轄内)です。東日本と西日本では、周波数が異なることから東日本に周波数を変換して送電できる容量に上限があります。このため、東京電力、東北電力、北海道電力の管轄外で節電しても被災地のためにという意味では効果は生まれません。

 それでも、電力以外にも燃料が足りないという状況もあり、日本全国で節電・節約していたくことはとても大事なことです。そして、「電力消費量を自分たちの意思で減らすことができる」ことを未来に向けて実証・伝えていくためには大きな役に立つと思います!

by matsuo-art | 2011-03-18 00:14 | その他  

震災について思う

3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震によって被災した方々に対し、心よりのお見舞いを申し上げますとともに、被災地の一日も早い復興を祈ります。

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毎日TVやネットで被災地の状況を注視しているが、本当に言葉がでない。阪神淡路の震災を知る者としてはなおさらだが、その時の体験をふまえて、今、ただ一つ思うことがある。突飛に思われるかもしれないが、このような時だからこそ、比較的安全な場所にいる私は、自覚的に「やらなければならない」日常の行為や仕事に取り組んでいかなければならない、ということだ。

倫理的、経済的、2つの理由からそのように思う。

被災地で困難な状況にある方々がいる、そして現状を打開しようと苦闘する行政や支援団体の方々がいる、物資や人的派遣で支援しようとする方々がいる、そしてそうした企業や団体を直接的・間接的に支える市民がいる。ボランティアや義援金、物資の寄付など直接的な方法で被災地を支援することも必要なことだが、比較的安全なところにいる者が自分自身の活動を通して社会と関わり、それが健全に運営されておればこそ、直接的・間接的に被災地の方々を支援することもできよう。私にとってはそれは、一生懸命絵を描く、それを発信していく、美術を教える上でのカリキュラムや指導方法等のクオリティーをさらに上げるべく努力をする、などだ。

非常事態は平穏な日常がいかに貴重なものかということを逆説的に照らし出してしまう。その「平穏な日常」を自覚的に生き、惰性に陥ること無く自分にとって大切な事柄を見つめ、取り組んでいくこと。今はこれしか言えない。(Y.O.)

by matsuo-art | 2011-03-14 09:18 | その他  

サッカー長友佑都、インテル移籍

長友君のインテル移籍はすごいですね。それもヨーロッパ移籍期間終了3分前のギリギリの契約というからびっくりです。即戦力として期待されている証でしょう。

苦境、逆境の中でアジア杯を獲得し一段とたくましくなった日本代表の中であれだけの活躍、最後にはそのスタミナとピンポイントの技術で決勝点のアシストまでしたのですから当然と言えば当然なのですが、それでも日本人がビッグクラブに引き抜かれるという事は中田英寿のローマ以来なかった大きな壁であったし(稲本君のアーセナルは実際ほとんど出場できませんでしたから)、日本のサッカーが世界に注目されている今の状況が反映され、顕在化した感じです。

思えば18年前のドーハの悲劇の地での優勝、それも途中出場のサブも含めて皆が活躍するというすばらしい一体感を示した優勝であの時の借りを返した感もある日本代表(オーストラリアを負かしたという意味ではドイツワールド杯の借りも返した?)、そして、インテルの監督が一時期Jリーグでも活躍したレオナルドであることを考えれば、いろいろと先人たちが積み重ね、関係者たちが撒いていた種が花開き出したのだと思います。そういう意味では多くの日本人アーチストが世界のアートワールドで活躍するようになり、若い作家も注目されるようになった現代美術界と似ていなくもありません。

長友君は今期からチェゼーナに移籍してイタリアの生活にもすっかり慣れ、コミュニケーション能力にも長けた人ですから、不安材料はありませんね。ビッグクラブと言えば強いチームが優に2つは作れるという豊富な人材の中、どのような位置を取って活躍できるか、期待したいと思います。(n.m.)

by matsuo-art | 2011-02-02 09:31 | その他  

阪神淡路大震災から16年

手塚治虫の「ザ・クレーター」という短編マンガ集に、こんな話がある。
2000年前のメキシコ、今まさに神への生けにえになるという少女が、”あと10年生きたい、平凡なふつうの人と結婚をして子供を作って、幸せな家庭をもちたい”と願う。神はその願いを受け入れる。彼女は現代の日本に流れ着いて青年と巡り会い、結婚し、子供もできる。しかし、まさにその幸せのさなか10年の時が経ち、2000年前のメキシコに引き戻され、生けにえにされる。
そんな不条理で、悲しい物語だ。

子供の頃に読んで以来、心の中にひっかかる話だったが、震災を経験してから、私もその少女の幻のような世界に生きているのではないかと思うことがある。2つの世界は、紙一重だ。

震災のあの日、住んでいた須磨の木造家屋は全壊した。2階で寝ていた私は突然の大きな揺れに起こされ、立とうとするも上手くできず、中腰で揺れながら、なされるがままだった。
足下の本棚が倒れた。床が抜けて体が沈んだ。このままだと抜けた床の隙間に挟まれて死ぬと思い、揺れ続ける部屋に対し、止まれー、と心の中で叫んだ。
しばらくして揺れは止んだ。

気が付くと隣で寝ているはずの妻がいない。妻は夜中の3時頃だろうか、気分が少し悪いと言って1階で起きていたのを思い出した。私は1人で2階にあがって寝ていたのだった。その2階は下に沈んで1階を押しつぶしている。
大声で呼びかけるが返事がない。私はその時、妻と子供と、同時に失ったと思った。実際にはその時まだ子供はいなかったのだが、子供がほしいね、とその頃よく話していたからだ。

私は眼鏡のないぼやけた眼で部屋の壁をよじ登り、天井との間にできた本来あるはずのない大きな開口部から、隣家1階の屋根の上に脱出した。そして数分後、奇跡的に怪我もなく助かった妻と、玄関前の路上で再会する。
妻はちょうどもう寝ようと思ってストーブを消し、トイレに入ったところだった。玄関の横に位置していたトイレには2階部分がなく、つぶされずにすんだのだった。

それから1ヶ月かけて、我々2人は倒壊した家から取り出せる荷物をひたすら取り出した。疲れもたまり荷物もつきて来た頃、妻が妊娠している事が分かった。あの日に気分が悪かったのは、別の命が宿ったしるしだったのだ。
子供が妻を助けてくれた、と思った。その長女も今、もう中学3年生だ。

巨大な自然の力を前にして、我々は何もできない。震災を体験して感じた事は、大きな災害のその瞬間、人間は何もできないということ。全く無力で、生きるか死ぬかは運でしかない。我々にはたまたまその時、運の良い方へ振り子が振れたのだとしか言いようがない。
ただ、もしそのように、その瞬間を運良くかいくぐる事ができたなら、そのあとは自分の行動次第だ。正しい情報を入手し、より良い判断を選択し、慎重かつ迅速に行動する必要も出てくるかもしれない。その時のために、平常時からやれることがある。(n.m.)

by matsuo-art | 2011-01-17 22:10 | その他  

謹賀新年2011

明けましておめでとうございます。
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by matsuo-art | 2011-01-01 01:14 | その他  

「ちいさなおうちのクリスマス」 

ノダマキコさんとマスダマキコさんのワークショプが篠山チルドレンズミュージアムであります。
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「ちいさなおうちのクリスマス」 
2010年12月4日(土)・5日(日)/11:00〜15:30(休けいあり)
「クリスマスにこんな飾りはいかがですか?
 40センチ角の白い台にダンボールや自然素材、
 デコパージュで描いたイラストをつかって
 アーティストといっしょに
 思い思いのクリスマスをつくっていきます。
 ゆっくりのびのび、ちるみゅー冬のワークショップ。
 たいせつな人たちと参加しませんか?」

篠山チルドレンズミュージアム
〒669-2545 兵庫県篠山市小田中572 TEL.079-554-6000
[参加費] 3000円/1組(2〜3名)※別途入館料
[定員] 20組(5歳〜大人)
[持ち物] いっしょに飾りたいものがあれば持参ください。
[ご予約・お問い合わせ] TEL.079-554-6000(代) または http://chilmu.jp まで
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篠山チルドレンズミュージアムについては以前にこのブログでも紹介しました。そのときは自治体の財政難から存続が危ぶまれていましたが、運営母体が変わって今も無事、存続しています。とても良い場所なので一度行ってみることをお薦めします。

ノダマキコさんのHPはこちら。メディテラスのビジュアルなどいろいろ活躍されていますが、最近ではanan発行の漢方BOOK「ココロとカラダに効く漢方」でイラストを担当されています。(n.m.)

by matsuo-art | 2010-12-01 09:58 | その他  

法隆寺・夢殿 救世観音像開扉

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昨日は、教えにいっている専門学校の学外授業で、奈良は斑鳩の里にある法隆寺に行ってきました。

「学外授業、どこに行こうか」と学生たち8人ばかりで話していた時に、「法隆寺に行こう」と提案したのは僕ですが、というのも、今、法隆寺では、法隆寺の東に位置する夢殿(東院伽藍)の中に納められている救世観音像の厨子の開扉期間中なのです。(毎年春と秋の2回公開期間がある。今回の公開は11/23まで。)それも今回から夢殿の内部をLED照明でライトアップしているらしい、という話を聞いていて、一度救世観音像を生でみてみたいと思っていたので、ライトアップされてどんな感じでみれるようになったのか、興味津々でこの日のくるのを楽しみにしていました。

昨日は天気がすごく良くて、暖かくて、最高の遠足日和でした。
僕も久しぶりの法隆寺なので、わくわくしながら門をくぐり、そして何はともあれ、夢殿の方へ向かいます。
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今年の夏、僕が参加した「絵画のたのしみ」というグループ展(ギャラリー白・大阪)に出品した作品は、この夢殿をモチーフとしたものでした。といっても、夢殿を自分流に大きく改変して描いたものですが・・・。なので、まずは夢殿の形自体をしげしげと眺めます。

いよいよ救世観音像です。夢殿の扉のすき間から中をのぞきます。確かに厨子の扉が開いていて、中にぼんやりと金色のお顔が浮かび上がっています。さらに目を凝らしてみていると、だんだんと目が慣れて来て、全身がくっきりと見えてきました。
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救世観音像は聖徳太子の姿を模したものとされており、明治17年にフェノロサ、岡倉天心らによって開扉されるまで、布に包まれ秘仏として封印されていました。この像がどうして作られ、千年以上に渡って秘仏とされて来たのか。色々と謎の多いこの像についてもし興味があるようでしたら、梅原猛氏の著書(「隠された十字架」)をはじめ何冊か本がありますからそれを読んでみてください。僕がはじめてこの像の写真を見たとき、そのあまりに生々しいお顔の表現にぞくぞくし、何やらただならぬ感じを濃厚に感じ取った事を覚えています。

それにしても、これがLED照明の効果なのかどうかわかりませんが、生でみると全身の金色の輝きが印象的です。写真で見ると黒っぽく写っているものが多く、こんなに金が残っているとは思っていませんでした。
暗い厨子の中にぼんやりと黄色く光る救世観音像は、神秘的としか言いようのない存在感です。

今日はとにかく観光客や修学旅行の生徒が多く、大挙してひっきりなしにやってくるので、あまり落ち着いて拝観する事もできず、後ろ髪を引かれる思いで法隆寺メインの西院伽藍のほうへ戻りました。

西院伽藍の中にある金堂の内部もほんのりとLED照明が当てられているようで、以前来た時よりも内部の状況がしっかり見渡す事ができます。ご本尊の釈迦三尊像もはっきり見えましたが、今回は内部周囲の壁に描かれた壁画もかなり見えました。そのうちの一面に描かれた素晴らしい阿弥陀如来像にしばらく見とれていたのですが、残念ながらこれらの壁画はオリジナルではありません。本物は1949年の金堂の火災の際に焼損してしまい、今は、1967-8年に安田靫彦、前田青邨、平山郁夫といった日本画家たちのグループによって制作された模写がはめ込まれています。
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その後、宝物殿で夢違い観音像、玉虫厨子、百済観音像などを拝観した後、もの凄く精神的な満腹感を感じながら帰途につきました。学生たちも皆満足していました。

やはり法隆寺は良いですね。建物や土壁や道幅など、どれもヒューマンスケールで、原初的な力が籠っていて、あたたかい感じがします。威圧感のようなものがいっさい感じられず、金堂の内部の柱の槍がんなの痕からも職人さんたちのものを作る気持ちが伝わってくるようでした。折に触れて何度でも訪れたいところです。

最後の写真は、夢殿の周りの回廊の柱にとまって身繕いをしていたカマキリです。(Y.O.)
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by matsuo-art | 2010-11-18 01:13 | その他  

明日は決勝トーナメント、パラグアイ戦

1次リーグを突破したデンマーク戦は、朝3時という時間でありながら一家でテレビ観戦しました。といってもサッカーにそれほど興味のない娘は、我々の声が盛り上がった時だけ自分の部屋から出てくるという感じでしたが、最後のホイッスルが鳴る時には一家四人で思わずハイタッチをしました。本田の1点目、岡崎の3点目も良かったですが、好きな選手である遠藤君のフリーキックが美しく入ったのが、個人的には1番でした。

日本は自分たちの特徴を活かした攻撃の形もできて、3戦目にしてとても良い状態に仕上がってきました。今までは世界と対戦して、「この位置からシュートを打ってくるか!」とか、「この距離でも足が出てくるか!」とか、具体的にその差を肌で感じてきたと思うのです。でも今は長谷部キャプテンも言っているように「集中していけば十分やれる」とい実感をつかんでいて、このデンマーク戦で日本は世界と対等に並んだと言えるでしょう。

思い起こせば日韓大会での決勝トーナメント第1戦、対トルコ戦で日本は自分たちの良いところを一つも出せずに負けてしまいました。あのときはそれまでずっと黒いスーツを着ていたトルシエ監督が、明るいグレーのスーツを初めて着てきて、何か嫌な予感がしたものです。
今回は今の流れを途切れさすことなく、さらに自信を持って挑んでほしいと思います。ぜひともパラグアイに勝って8強へと駒を進め、新たな歴史を築いてほしい!

それでも勝敗の行方は、ポストやバーに嫌われるか、ポストやバーに当たっても入るのか、の紙一重です。少しの違いが大きな勝敗の差となる。世界と対等に並んだとは言え、その紙一重を乗り越えなければ勝負には勝てません。
入試の本番にもそういった側面があるので、受験生は自分がプレッシャーをはねのけるイメージと重ね合わせながら、心して応援しましょう。(n.m.)

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by matsuo-art | 2010-06-28 16:45 | その他