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カテゴリ:その他( 50 )

 

センター試験日に魔除猫と岡本太郎

今日、18日(土)と19日(日)は、センター試験日です。
受験生のみんなも多少緊張しつつこの日迎えていることと思いますが、各自がこれまでに努力してきたことを現場で充分に発揮できるよう、毎年ここで紹介している横尾忠則氏作「魔除猫(まよけねこ)」の画像をアップします。
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中央の魔除猫はシークレットだから縁起もいい!向かって右の魔除猫は昨年11月に新しく入手しました。向かって左は岡本太郎氏作「こどもの塔」です。
しっかりと腰を据えて、試験に挑んで下さい(n.m.)

by matsuo-art | 2014-01-18 08:24 | その他  

「天満天神 繁昌亭」と「大阪天満宮」

「天満天神 繁昌亭」は落語専門の定席(毎日公演している小屋)です。そこへ落語を見に行ってきました。
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私が行ったのは落語とマジックの他に、落語解説、お囃子の紹介もあるというJAF企画の朝席です。
メインで解説してくださった桂三風さんは、さすが芸人さんという風情で声に張りがあり、芸も達者で、落語もたいへん面白かった。生で落語を見ること自体が初めてだったのですが、新年から多いに笑わせていただきました。

関東と上方では落語の発祥が違ってスタイルがちがうことも教わりましたし、普段は演奏しているところが見られないお囃子も舞台上で見ることができました。太鼓や笛は落語家さん自らが演奏しますが、三味線は専門の方がいます。その三味線はなんと150万円程もするそうな。
目の前で演奏してもらった音はとても良かったので、普段の寄席では演奏の様子が隠れて見えないのがもったいない気もします。

2007年の朝ドラ「ちりとてちん」の終盤、渡瀬恒彦演じる徒然亭草若が病床の中で落語を演じた小屋が、実はこの繁昌亭だったとのこと。2006年にここができるまでは、ドラマのストーリーと同じように60年間、上方落語の常打ち小屋は無かったと言うことです。
今回は古典落語が演目になかったので、また機会があれば古典落語を聴いてみたいと思いました。
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落語を見終わった後は、隣の大阪天満宮にお参りに行きました。学問の神、菅原道真が祀られている”天満(てんま)の天神さん”に皆の合格祈願をしてきました。(n.m.)

by matsuo-art | 2014-01-06 22:35 | その他  

謹賀新年2014

明けましておめでとうございます。
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by matsuo-art | 2014-01-01 18:40 | その他  

センター試験直前 テストの花道

19日(土)に始まるセンター試験まで、あと3日になりました。受験生の皆さんにはこれまでやって来たことを信じて、自分の力を出し切ってきてほしいと思います。

現場で実力を発揮するには ”適度な緊張” が必要で、多少の緊張はあったほうが良いのですが、緊張しるぎると力がうまく発揮できません。
先日のNHK教育テレビ「テストの花道」では、本番で緊張しすぎないための対策が5つ紹介されていました。
なかでも最初に挙げられている「筋弛緩法」は、効果がありそうです。

体に力を入れて筋肉を収縮させてから一気に力を抜いて筋肉の緊張をゆるめるという方法ですが、紹介されたやり方は、それを目、口、肩で行うというものです。試験会場の現場で行うのにちょうど良くて、使えるのではないでしょうか。
本番で緊張しそうな人は今から家で勉強する前にやって慣れておいて、現場の会場に座ってからもやってみてください。(会場で口を突き出したり舌をだしたりしてる人がいたら、これをしてる人ですね。実際やってみると、緊張すると出にくくなるという唾液が分泌されるのが実感できます。)

2年前のこのブログでも、「テストの花道」で紹介されていた”センター試験1週間前”の心得を紹介しました(くわしくはこちら)。
そこでは受験当日の用意として、1、会場までの道のりを調べておく。2、試験会場で勉強する専用ノートを作っておく。3、軽食を持参。4、体温調節できる服。5、下痢止め。を上げていました。
また、時計は必需品だということと、マークミスを防ぐために大問1問ごとにチェックする、わからない問題にもとりあえずどれかマークしておいて、後で見直すという印をつけて先に進む、そうして空白の問題を作らない事でマークのズレを防ぐ、というところは押さえておきましょう。
(n.m.)

by matsuo-art | 2013-01-16 00:56 | その他  

2013年 謹賀新年

新年明けましておめでとうございます。
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by matsuo-art | 2013-01-01 00:00 | その他  

センター試験日に魔除猫と岡本太郎

今日、14日(土)と15日(日)は、センター試験日です。
受験生のみんなも多少緊張しつつこの日迎えていることと思いますが、各自がこれまでに努力してきたことを現場で充分に発揮できるよう、毎年ここで紹介している横尾忠則氏作「魔除猫(まよけねこ)」の画像をアップします。
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この魔除猫はシークレットだから縁起もいい!
両脇に従えている岡本太郎氏作「太陽の塔」も今年はトリプル&「こどもの塔」で!
しっかりと腰を据えて、試験に挑んで下さい。(n.m.)

by matsuo-art | 2012-01-14 08:00 | その他  

謹賀新年2012

明けましておめでとうございます。
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by matsuo-art | 2012-01-01 16:25 | その他  

京都・嵯峨野/鹿王院の紅葉

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例年、京都の紅葉は11月の下旬が見頃だったような気がするのですが、今年は10日ばかりずれ込んで、今頃がきれいな感じになって来ているるような気がします。

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この嵯峨野にある鹿王院というお寺は、知る人ぞ知る紅葉の名所ということで、たまたま近くまで来たので行ってみることにしました。僕はこのお寺のことを知りませんでしたが、一緒にいた方が教えてくれたのです。

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まず、住宅地の中にひっそりと建つ山門から奥に続いていく、この石畳の小道がすばらしい。別世界へと引き込まれていくような気がします。

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中門、客殿を経て本庭を望みます。舎利殿を中心に庭が広がっています。実際にはあまり広くはないのですが、木の高さや石の配置、土地の形などを工夫して広々と見せているのだと思います。嵐山を借景とした、すごく詫びた感じの何とも言えない味わいのある庭で、すっかり魅了されてしまいました。

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休日の嵐山の込みように比べ、ここは少し離れていることもあってお客さんも少なく、静かに落ち着いて庭や紅葉を楽しむことができました。まだまだ京都にはいいところがいっぱいありますね。(Y.0.)

by matsuo-art | 2011-12-04 17:41 | その他  

スティーブ・ジョブズ氏追悼

「アップル」の創始者のスティーブ・ジョブズ氏が5日に亡くなりました。この8月に「CEOの職務と期待に沿えなくなった」と最高経営責任者を辞任したところでした。
世界初のパソコンをアップル社とともに立ち上げ、初のCG映画「トイ・ストーリー」を作り、iMac、iPod、iPhone、iPadを作り‥‥‥常に新しいビジョンを夢見て追い求め、実現し、世界を変えてきました。

ジョブス氏が2005年にスタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチ を、日本語字幕付きで見る事ができます。
「興味と直感に従って行動する事、自分の心を信じて行えば、点と点がつながる。」
世界初のパソコンが美しいフォントを持つに至ったエピソードが、我々を励ましてくれます。

一般的にパソコンと言えばウインドウズなのでしょうが、デザインや美術の世界では昔からアップルのMacが標準でした。美しいフォントを持ち、感覚的に操作できるMacはデザイナーの親愛なるツールでした。「ウインドウズはMacをコピーしただけだから、私がMacに美しいフォントを持ちこまなかったらパソコンにそれらはなかったでしょう」という発言は笑えますが、それはジョークではなく事実であり、ジョブス氏の実現した様々なビジョンを改めてそこに当てはめると、失ったものの大きさを感じずに入られません。

その精神をジョブス氏はこのスピーチで若い人々に託してます。そして、このブログの2010年8月8日でO先生が言及していたホール・アース・カタログについて、スピーチの最後に語られています。

「Stay hungry. Stay foolish.」

NHKのクローズアップ現代でも、哀悼の意を表してジョブズ氏への単独インタビューを公開しています。2001年、今からちょうど10年前に行ったインタビューです。(n.m.)

by matsuo-art | 2011-10-06 22:07 | その他  

公開講座「廃墟と(しての)未来—カタストロフィ後のアートとアーキテクチャー」/京都芸術劇場・春秋座

7月10日(日)、京都造形芸術大学内にある京都芸術劇場・春秋座に於いて開催された「廃墟と(しての)未来—カタストロフィ後のアートとアーキテクチャー」と題した公開講座を観に行ってきました。

以下、ウェブサイトやフライヤーなどに掲載されていた本公開講座に関する案内文です。

磯崎新(建築家)
岡崎乾二郎(造形作家、批評家、近畿大学国際人文科学研究所教授)
コメンテーター 椿昇(現代美術家、京都造形芸術大学美術工芸学科長)
モデレーター 浅田彰(批評家、京都造形芸術大学大学院長)

「東日本大震災とそれによって起こった原子力発電所事故は、われわれの目前におそるべき廃墟を現出させた。その廃墟は、1923年の関東大震災や1995年の阪神・淡路大震災を想起させる以上に、見方によっては原子爆弾を投下され敗戦に追い込まれた1945年の日本の廃墟と重なって見える。その廃墟を前にしたわれわれに、いかなるヴィジョンが開けるのか。
戦後の日本、そして世界の建築界をリードしてきた磯崎新は、実は、広島の廃墟の只中に丹下健三設計の平和記念館陳列館だけが建ち上がった光景をみて「未来都市は廃墟である」と直観していた。丹下健三に続くメタボリストたちが、もっぱら未来へと前進する時間軸にそって成長し増殖する建築や都市を構想したとすれば、そもそもポストメタボリストとして出発した磯崎新は、未来の廃墟から現在を振り返って見るレトロスペクティヴな視線をそこに重ねていたのだ。その磯崎新が、いま東日本大震災後の廃墟に何を見るのか。
他方、美術家としてジャンルの枠を超えた活動を展開している岡崎乾二郎は、実のところ、美術の枠をも超え、建築や地域計画にいたる実験を試みてきている。その岡崎乾二郎が、磯崎新のヴィジョンにどう応答し、またどのような独自のヴィジョンを提起するのか。
日本でもっともラディカルなアーキテクトとアーティストによる、これは大震災後のヴィジョンをめぐってのかつてなくアクチュアルな対話となるだろう。」

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京都造形芸術大学大学院長である浅田彰氏がプロデュースする公開講座「アサダ・アキラ・アカデミア」は、毎回非常に興味深いテーマ/ユニークな人選で、いつも行ってみたいと思っていたのですが、平日の開催が多く、見送っていました。今回は日曜の開催ということで、ようやく行くことが出来ました。また、今回は建築界・美術界きっての論客が、あの大災害に対してどんな意見を持っているのか興味があったので、祇園祭で盛り上がる京都市内のど真ん中を走る5番の市バスに乗って京都造形芸術大学へと向かいました。

まず、はじめに浅田氏による紹介と上記のような問題提起をふまえて磯崎氏が発言。このような未曾有の事態に対しては、過去に後醍醐天皇やトマス・ジェファーソンが行ったようなある意味で無謀とも思えるようなラディカルな改革をすべきだとし、「アーキテクト、アーティストは災害(事件)をいかに作品化(プロジェクト)するか」と題したプレゼンテーションを行いました。その中で磯崎氏は、国会を巨大な筏に載せてラピュタ都市として曳航させ福島に繋留、それと同時に行政府も福島に移動させるという、荒唐無稽とも言える(僕はたいへん良い案だと思ったのですが)遷都案を提案した上で、1968年の前衛主義の終焉、2008年の市場主義システムの自壊の後、ポスト3.11は「自然を前提にしない自律的発生論」として、今までに存在してきた枠組みを揺さぶるようなことが求められるのではないか、という問いかけを行いました。
一方、岡崎氏は、これまでに関わってきた公共事業的な展覧会や地域計画における思考・実践の体験をふまえ、これまでのようなRepresentation(表象)としての芸術ではなく、近代モデルを超え出るものとしての「時空の複数性」を前提とするReproduction(「再生産」という訳語を当てれば良いのかな?)としての芸術を提案していました。
最後の方で磯崎氏は今までの話を受けて、「自分は建築家としては権力との関わりを持たざるをえない一方、一種の亜自由を確保した上で社会や権力に対して自律的に活動するアーティストとも関わりを持つなど、二重性を抱えながらやってきた」という意味の発言すると、他のパネラーが「それこそがアーティストであり、それが倫理なのだ」とまとめていました。

非常に抽象性の高い話だった上、話題が様々なものに及んだので、僕もちゃんと理解できているのか怪しいですが、非常に乱暴にまとめると、だいたい話の骨子は上のようなものだったのではないかと思います。

帰りはバスに乗らずに造形大から蹴上までずっと歩いて帰ったのですが、歩きながら、岡崎氏の言う『Reproductionとしての芸術』とはどのようなものだろうか、と考えていました。時間の関係で質疑応答の時間が無くて、その言葉についての理解が今ひとつ深まらなかったのです。岡崎氏はそれを「サイト・スペシフィックではなくサイト・ジェネレイテッド」、「自分でメディアやインフラまでもつくる」という言葉で語っていましたが、例えば具体的に東北でどのようなプロジェクトをするとか、を語っていたわけではないので、会場ではもう一つその言葉がピンと来ませんでした。
自律的な時空の中でラディカルな行為をひたすら持続するのみ、ということなら、何やら「パラダイス」(探偵ナイトスクープ)みたいだな、とも思いますが、たぶんそういうことではないでしょう。アドルノの言う「アウシュビッツの後での詩を詠むことの野蛮さ」を持ち出すのは適当ではないかも知れませんが、それでもおそらく、東北のあの破壊し尽くされた光景の前に立ったとき、何かを表象することの不可能性を感じざるを得ないだろうし、それでも何か創造的なことをそこでやろうとするとき、『Reproduction』という言葉が召還されたのではないか。それは「生きのびるためのデザイン」(ヴィクター・パパネック)ならぬ「生きのびるための芸術」として思考され、実験され、経験され、蓄積され、深化するようなものではないか・・・、そんなことを歩きながら考えていました。

下の写真は公開講座からの帰りに見た夕陽です。(Y.O.)
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by matsuo-art | 2011-07-15 01:14 | その他