長沢芦雪「虎図襖」/ 西宮市大谷記念美術館「とら・虎・トラ 」展
西宮市大谷記念美術館で開催中の「とら・虎・トラ 甲子園の歴史と日本画における虎の表現 」展へ行ってきました。”若冲・応挙・芦雪からタイガースまで、トラ大集合!”というキャッチコピーからは、あまり重要な展覧会とは感じられませんが、実は必見のおすすめ展覧会です。というのも、長沢芦雪の代表作「虎図襖」が来ているからです。長沢芦雪は、江戸時代中期の絵師で円山応挙の弟子。大胆な構成とウィットに富んだ作風で知られています。俵屋宗達、伊藤若冲、長谷川等伯と並んで、私にとっては最も重要な絵師の一人です。中でも「虎図襖」は彼の1、2を争う名作で、普段は歌山県の無量寺にあります。展覧会自体は5月19日(日)まで行われていているものの、「虎図襖」の展示は前期の4月23日(火)まで、ということに数日前に気付き、この機会を逃してはもったいないと慌てて見に行ってきました。
「虎図襖」は同じく無量寺の「龍図襖」と並んで、2階の大きな部屋の正面に展示されていました。
画面全体の伸びやかな動きを感じながら作品に近づいていくと、今度は描かれた虎の大きさが実感できます。かたちはどこかマンガチックで、事実、芦雪作品の描き足りない絵は軽くてマンガのようになるのですが、この作品は刷毛の使い方とにじみの効果で柔らかな毛並みが巧みに表現されており、虎の存在感が豊に感じられます。それが、今にも飛び出してくるかと思われるような構図で描かれているのです。
襖絵ですから、本来、寺にあるときは床から直接立ち上がるので、虎はもっと下のほうに存在しているわけですが、ここ、美術館では、腰よりも上に(タブローのように)かざることにより目線の上に虎がいて、それはそれで迫力を感じる展示です。「龍図襖」と相まって、なかなか気持ちのよい空間でした。2006年に奈良県立美術館で一度見ているのですが、この作品は何度見ても良い作品です。
ところで芦雪には宗達にも通じるフォーマリストとしての資質がある、と私は思うのですが、ここでは少し「虎図襖」のフォーマリスティックな分析をしてみましょう。
1、まず画面の枠との緊張関係。
虎(図)が画面の枠に接近しつつほんの少し離れることで、バックの余白(地)に狭い幅の隙間が生まれ、これが見る人に緊張感と動きを感じさせます(当研究室色彩課題「幾何形態による構図の基本」参照)。この作品では虎の前足としっぽの上部の2カ所で、最も細い、緊張した隙間を作っています(下図の赤丸部分)。それらが斜めの対角にあることでさらに動きを感じさせてもいます。
さらにそれらよりも少し幅広い隙間が左端の肩、背中上部、しっぽの先にあり、後ろ足は枠からもう少し離れている(青い丸)、という具合に、隙間の幅が一定でないこと、そして、左右に広い空間があることも含めて、動きを感じさせる要因になっています。
例えば宗達の「風神雷神図屏風」では風神雷神を枠からはみ出させる事で動きのある構図を演出していますが、芦雪の虎は、枠にすべて収まっていながらも、そこからはみ出てくるかのような演出がこれらによってなされています。
2、しっぽの円
しっぽが丸く円を描いていることで視覚的なポイントを作っています。この絵の中心(主題)はもちろん虎、そしてその丸い顔、なのですが、そこだけに力点が置かれているだけでは造形的には弱くなります。芦雪はしっぽも丸くしてポイントを作る事によって主題を影から支えています。音楽に例えるならば、主旋律を支えるベースラインのようなものです。しかも足の斜めと草の斜めがしっぽの円を中心にほぼシンメトリーになっているので、さらに視線をさそいます。
3、腹の下の山のようなかたちの空間。
図としての虎の、腹の下の空間(厳密には腹も含めて)に、地として山のようなかたちが出来ています。この”裏のかたち”が、虎が飛びかかって来る、あるいはのしかかってくるような動きを無意識裡に強化していますが、それと対応する同じようなかたちが、右端の岩(?)にもあります。詩や歌詞が韻を踏むような効果が、これによって造形的になされています。
4、韻を踏むかたち。
韻を踏むかたちは、他にもいろいろ見られます。例えば、横に広がるしっぽの緩やかな円弧は、背中のカーブと呼応していますが、ちょうど真下の背景に描かれた薄い色の丘のラインにも対応しています。
画面右側の矢尻のように鋭角で特徴的な岩のかたちは、反転して草との隙間に現れていますし、しっぽと後ろ足が作る隙間、枠としっぽが作る隙間と対応していなくもない。
こうした造形的な構造が作品の品格を支えていますが、そうしたことが水墨画というライブ感の強いメディアでなされている事も魅力の一つです。
他にも、勢いよく一気に描いたかのようなしっぽは、丸く重なった部分が白く抜けていることからも分かるようにそうではないこと(マスキングでもしなければ一気には描けない)、しかし、その先っぽが上にひゅっとなっているところは、なんとも集中して気持ちよく描けている事など、この作品の魅力はまだまだ語り切れません。(n.m.)
by matsuo-art | 2013-04-18 22:23 | 展覧会