「近代洋画の開拓者 高橋由一展」京都国立近代美術館 

「近代洋画の開拓者 高橋由一展」が、京都国立近代美術館で10月21日(日)まで開催されています。
江戸末期に40歳を過ぎてから洋画を志した高橋由一は、明治初頭の西洋画導入期に油彩技術の習得と普及に奔走しました。高橋由一を見るという事はこの国の近代国家としての美術制度生成の現場に立ち会うことでもあります。今回の展覧会は特に、由一の代表作「花魁」、「豆腐」、それに3点の「鮭」をまとめて観ることができる貴重な機会であり、必見です。
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私が由一作品で評価するのは、やはり「花魁」「豆腐」「鮭」の3つです。そのどれも以前に一度見た事がある作品です。

「豆腐」は数年前に行った香川の金比羅宮で観ました。平凡な風景画なども多い金比羅宮作品の中で「豆腐」はひときわ眼を引くものがありました。重要文化財の「鮭(東京芸大所蔵)」と「花魁」は、以前このブログにも書いた、高校生の時に観た「日本近代絵画の歩み展」で観ました。しかし、30年以上も昔の事で、覚えているのは「花魁」の異様な独特の雰囲気のみです。その時「鮭」を見たことはよく覚えていませんが、今回同時展示された3点の鮭のうち一番小さい鮭は、1、2年前に神戸の小磯良平美術館に来ていて、そこで見ました。基底材の板目が表面に残ったこの作品は、落ち着いた深みのある色合いの、愛すべき小品です。

ただ、今回観た重要文化財になっている東京芸大所蔵の大きな鮭は、つや消しの表面でコントラストに欠けているせいなのか、特別に3点を並べて見せる展示方法(グレーの壁、間近で観にくい設営)の見え方に問題があったのか、最初、”複製?”と思ったくらいに浅い印象のものでした。初めて見る人が”大きい”と感じるサイズ感についても承知していたので特に感慨はありませんでした。
また、「豆腐」は、記憶に残っている印象よりもあっさり描かれたものでした。

「花魁」は近寄ってじっくりと観て、異様な雰囲気は今回も健在だと思いましたが、私は自然と岸田劉生と比べていたのです。そうすると顔などの描き込みで自ずと劉生に軍配が上がるのですが、それは当然と言えば当然です。劉生の頃は時も下がって洋画という制度も確立されていた訳ですから。しかし、劉生は留学をしていなくてほとんど西洋油彩画の実物を見ていないだろうという点で由一と共通点があり、「花魁」の異様さの遺伝子が引き継がれているという意味で、いわば由一の弟子です。劉生よりも由一のほうが尊敬できる人物だと私は思うので、妙な悔しさがあります。

そんなこんなで個人的にはこの展覧会を観て少々戸惑ったところもあるのですが、そうすると「花魁」「豆腐」「鮭」が魅力的な理由を突き詰めて考えてみると、”洋画技法と日本的モチーフの出会い”ということになるのか、と思いました。言葉にすると単純すぎてつまらないのですが、しかし、近代以前の洋画技法と日本的モチーフが出会ったところ(インパストとグラッシによる日本的情景の出現)のぎこちなさに、由一の”異物性”がある。この後に、実質的に近代日本美術の制度を形作っていく黒田清輝とはそこが違うのであって(黒田も当時最先端の高彩度の印象派と出会っていたら違っていたと思う)、美術制度成立期の混沌の中にあるその”異物性”が、今も可能性を秘めているように思います。
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会場で買った図録には、実物大とまではいきませんが、上の写真のような大判の「鮭(東京芸大所蔵)」のポスターが付いています。
その図録にはたくさん載っている由一の博物図譜が、会場では1点しか見る事ができなかったのも残念でした。由一は洋画に走る前に、幕府の画学局の仕事で博物図譜を何枚か描いていて、2冊あるうちの1冊が展示されています。でも、よく考えればそれは本として閉じられているので、見開きの2ページしか見る事ができないのです。
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また、会場の売店には、昔読んだ北沢憲昭 著「眼の神殿」が再販されて売られていました。「螺旋展画閣」という今で言う美術館も考案していた由一ですが、その螺旋展画閣を中心に据えながら「美術」概念の受容史を論述した、読み応えのある本です(サイズはコンパクトになっていましたが、値段は当時よりも高いかな?)。(n.m.)
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by matsuo-art | 2012-10-13 22:35 | 展覧会  

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