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杉本文楽「曾根崎心中・付(つけた)り観音廻り」

8月に神奈川芸術劇場(KAAT)にて現代美術家 杉本博司の演出による人形浄瑠璃「曾根崎心中・付(つけた)り観音廻り」が上演された。そのドキュメンタリーが16日(日)にNHKで放送されたのを見て「これはすごい!」と思った。この夏にそんな歴史的な舞台が行われたことなど全く知らなかった(知っていたからと言って見に行くことができたわけではないけれど)。

300年前に近松門左衛門によって書かれた「曾根崎心中」は、演出の都合上、現在は原文の一部が割愛されて上演されている。杉本博司版では、近松の原文をいっさいカットせずオリジナルに忠実な内容で、しかも、従来の文楽の枠を越えた、全く新しい演出を試みた。

「恋を心中によって成就させることによって、二人の魂が浄土へと導かれるという革命的な解釈が、はじめて近松門左衛門によって披露されたのが、この人形浄瑠璃『曾根崎心中』である。」
「第一段の「観音廻り」には、死に行くお初が、実は観音信仰に深く帰依していたことが伏線として語られる。初演当時、封建道徳に深く縛られていた恋する若い男女に、心中は爆発的に流行した。この世で遂げられぬ恋は、あの世で成就される、と思わせる力がこの浄瑠璃にはあった。江戸幕府は享保8年(1723)、『曾根崎心中』を上演禁止とし、心中による死者の葬儀も禁止した。」
「それから232年後の昭和30年になって、この浄瑠璃はようやく復活される。しかしその数百年の断絶のうちに、我々は近松時代の語りや人形の遣い方がどのようであったか、という記憶をほとんど失ってしまった。」
「私は今のこの世にあって、私の想像力を飛翔させ、古典の復活こそが最も現代的であるような演劇空間を試みてみたいと思った。」
 杉本博司【前口上】より


昭和に復活された「曾根崎心中」では第一段の「観音廻り」がそっくりカットされているので、仏教的な意味合いが抜けている。江戸幕府が禁止令を出したほどに当時心中が流行した、というのは我々の普通の感覚では信じ難い。ただ、私はつい最近、村上春樹氏によるオウム信者へのインタビュー集「約束された場所で」を読んだところなので、現世を相対化する思想が時に予想もしない破滅力を持ち得る恐ろしさがあることもわかる。

明るい光を排して暗闇に人形が浮かぶ演出を施し、本来左右の動きだけの文楽に縦の奥行きの動きを導入し、背景に巨大スクリーンを使い、一人遣いの人形を新たに作り、新たに唄をつくり、それを人間国宝をはじめとする伝統芸能の至宝たちが演じる。新しい試みのオンパレードである。スクリーンには杉本氏の写真作品「松林図」も映り、「観音廻り」の最後には、なんと杉本氏所蔵の仏像の名作「十一面観音立像」の実物が舞台に登場するという贅沢さ!

次は是非とも関西で、と思うところだが、番組の最後を見ると、次回は国内を飛び越えてフランスでの上演となりそうだ(確かにフランスのほうが国内よりも最先端の日本文化を評価してくれるふしがある)。(n.m.)

by matsuo-art | 2011-10-18 22:55 | 舞台  

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