ケイト・ブッシュ「ディレクターズ・カット」

ケイト・ブッシュ9作目のニューアルバムは『センシュアル・ワールド』『レッド・シューズ』という過去2つの作品から選曲・新録した初のセルフ・カヴァー・アルバム。『センシュアル・ワールド』も『レッド・シューズ』もあまり良いアルバムとは思わずほとんど聴き込んでいなかったので、その情報を聞いて逆に、さすがだなあ、と思った。
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私がケイト・ブッシュの作品で好きなのは4作目の『ドリーミング』と5作目の『ハウンズ・オブ・ラブ(愛のかたち)』。この2枚はケイト・ブッシュの最高傑作というのみならずポップミュージック界の金字塔だと思っているので、これらを基準にしてしまった時、『センシュアル・ワールド』も『レッド・シューズ』もかすんだものに映ってしまった(8作目の『エアリアル』も発売当初はかすんでいたが、今は好きなアルバムとして聴いている)。どうやら本人もそう思っていた、ということだろう。
ただ、『センシュアル・ワールド』のタイトル曲「センシュアル・ワールド」だけは、どこまでも漂い続けるような曲構造と「Yes‥」という歌詞の連呼が特徴的で、唯一好きで聴いていた曲だった。今回この曲が「フラワー・オブ・ザ・マウンテン」と改題されて納められているのだが、これが違和感のあるアレンジとなって一曲目に登場するのだ。

まず、最初の鐘の音がどことなく堅い。低いため息で始まるボーカルも、その妖艶さが魔女が語っているかのようなトーンになっていて、不穏な感じさえする。軽やかに漂い広がるような元の曲の印象から大きく隔たっていて、効果的だったドラムも消えている。
(鐘の音のちがいは、ジョン・レノンの「マザー」と「スターティング・オーヴァー」の鐘の音のちがいを連想してしまった。)

もともと「センシュアル・ワールド」はジェイムズ・ジョイスの文学作品『ユリシーズ』の一節をそのまま歌詞として引用して創られたものだったらしい。当時ジョイス財団から使用許可が降りなかったのでケイトが歌詞を書きかえていたのを、今回許諾が降りて、もともとの歌詞で実現したという。句読点なしで延々とセンシュアルな語りが続くという内容のようなのだが、そうなるとこの印象の違いは、ケイトのジョイス作品に対する解釈の当時との違い、あるいはもう一つの解釈、と取ってよいわけで、最初はなんでこのような内容にしたのだろうといぶかっていたものの、無駄な音をはぎ取りより近い地層に降りて来たかのようなボーカルを何回も聴いていると、最初の違和感は違和感として受け入れつつ、その世界にもだんだんとはまり込んでしまった。

一方、『レッド・シューズ』からのラスト曲「ラバーバンド・ガール」は、キャッチーな良い曲なのだろうけれど音がなあ、と思っていた曲だったのだが、このニューアレンジは手放しで歓迎できる出来で、すばらしい。ストレートに前進していくドラムに、こちらは一転してキュートでボーイッシュなボーカルが乗った、どこか60年代ロックを思わすアレンジ。
他にも大仰な盛り上がりを排したバラードのアレンジなど、何度も聴き返すことができるアルバムに仕上がっている。元はシャリシャリと耳障りな感じだった音質も、まろやかで落ち着いたものになっている。

もう2度と作る事はできないかもしれない狂気すれすれの豊穣世界『ドリーミング〜ハウンズ・オブ・ラブ』を基準にするのはフェアではないな、と『エアリアル』を受け入れた時点で思うようになった私としては、ケイト・ブッシュが完全復活した、と感じる今日この頃です。(n.m.)
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by matsuo-art | 2011-08-23 22:38 | 音楽  

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