ピアノ夜話 その5/セロニアス・モンク「セロニアス・ヒムセルフ」

僕はセロニアス・モンクが大好きです。
彼は全く不思議なピアニスト/作曲家です。この人の音楽をどのように説明したら良いのか、適切な言葉が思い浮かばないのです。ジャズであるのは確かなのでしょうが、なにかそうした枠では理解できないような不可解さを彼の音楽は持っていて、それが彼の音楽の魅力となっています。

セロニアス・モンクは、チャーリー・パーカーやディジー・ガレスピー、チャールズ・ミンガスらとともに、モダンジャズ革命である「ビ・バップ」の創始者の一人だと目されています。でも、どう聴いてみても、チャーリー・パーカーらのコード分解による流麗なフレージングと、モンクのたどたどしく時に調子はずれなフレージングはかなり異質なものであると思えてなりません。僕にはモンクのピアノからは、モダンジャズよりも、もっと古いアメリカ南部の教会で弾かれていたゴスペルのピアノや、ダンスホールや酒場でのラグタイムピアノ、ホンキートンク、ニューオーリンズのジャズ、デューク・エリントン、さらにはドビュッシーなどフランスの近代音楽の響きが聴こえてくるようです。実際そうした音楽的要素をミックスしてモンク独特の感性でまとめあげたものが彼の音楽なのではないか、と思います。だから彼の音楽は独特のものでありながらどこか懐かしい感じがあります。

f0189227_23535554.jpg

モンクはグループでの活動も盛んにしましたが、彼の独特のピアノのスタイルを味わうには「セロニアス・ヒムセルフ」や「ソロ・モンク」といったソロピアノでの演奏のCDを聴くのが良いでしょう。特に前者は、そのピアノ演奏におけるモンクの個性が濃厚に表れています。
「セロニアス・ヒムセルフ」では、彼の自作曲とスタンダードナンバーを演奏しているのですが、とにかく一音一音、音を選ぶように弾いていっているのが印象的です。あらかじめ作曲してある部分は最低限のテーマみたいなもので、一回一回の演奏によって新たに曲を再創造していっているという感じなのです。(実際このCDでは、ボーナストラックとして収録曲 'Round Midnight の没テイクがたくさん聴けますが、一つとして同じようには弾こうとはしていないのがそれを物語っています。)

僕が考える、モンクのピアノ演奏の特徴は、1)独特の間(ま)の取り方、2)不協和音の使い方、そして3)テーマの不安定感、この3点にあるように思います。

1)その独特の間の取り方は、メトロノーム的なビートからの自由な精神のあり方を表現しているようです。それは、デカルト的な空間(=時間)感覚を、さながら伸び縮みさせるように機能します。

2)時に調子はずれに聴こえる不協和な音の使用は、調性からの自由、(以前僕はこの不協和な音の使用のことを「異界への扉」と名付けたことがあるのですが、)つまり、ある調性に収まり切らない音をあえてぶつけることでその調性に風穴を開け、別の調性への小さな通路を造ったり、あるいはその調性に「揺らぎ」をもたらす可能性を暗示させているように思えます。

3)また、上記の2点は、前述のテーマの再創造と密接に関わってきます。自由に伸び縮みする「間」と調性に収まらない音の使用は、テーマとなるメロディーの認識を危うくさせます。メロディーがメロディーに聴こえず、崩壊する可能性を孕んでいるわけです。客観的には無意味に感じられるような素早いアルペジオや装飾音の多用もそのことに拍車をかけています。モンクは、音と音をつなぎ止める「引力」であるテーマとなるメロディーに「揺らぎ」を与え、メロディーが崩壊するかしないかというギリギリのところを見極めながら、私たちが慣れ親しんでいる安定した既知の世界の有り様を脱構築し、何かそれが一回ごとに別のものに変質する可能性をもたらすことを画策しているように思えます。

西洋音楽は、バッハがそうであったように規則正しいビートで構築した空間に音をすきまなく並べていくようなものが規範的で、その点ではチャーリー・パーカーらの「ビ・バップ」も同じです。しかし、モンクの音楽はそうしたあり方とは明らかに異質で、僕はいつも彼のピアノを聴くと、雪舟の「破墨山水」みたいな東洋の水墨画における空間のあり方を想像しています。筆致と筆致がある主題をギリギリのところで構築し、また空間を筆致で満たすのではなく、余白を重視し、筆を置くことによって自由に空間を変容させるような絵画。あるいは龍安寺に代表されるような枯山水の石組みのように、石と石の配置の関係の中にある秩序感が見えるか見えないか、そんな空間のあり方がモンクのピアノにはあるように感じています。
でもこのように説明してしまうと、また彼の音楽とは違うような気もします。彼の音楽はあくまでカラフルで楽しげなトーン、子どもの遊びのように無邪気なトーン、あるいは前述のような懐かしいトーンがあって、水墨や石庭のようなモノトーンの渋い世界観ではないのです。むしろミロやクレーの絵の方が近いかも知れません。モンクの音楽もミロやクレー同様、「笑い」に満ち溢れているからです。

モンクの音楽は「すきま」の多い、ぎくしゃくした音楽ですが、それゆえの自由度の高さがあります。またその自由度の高さゆえ、そしてそのユニークさゆえにモンク以外の他の演奏家がさかんに取り上げ、演奏されています。
上記のモンクのピアノに対する考察は僕の独創です。モンクの音楽の不思議さを表現するにはまだまだ舌足らずであるとは思いますが、とにかく僕はこうした方向から彼を理解しようとしているのです。ホントにそうなのか、実際どのように感じるかは、自由な音楽であるモンクの音楽を自由に聴いて、是非、自由に考えてみてください。(Y.O.)
[PR]

by matsuo-art | 2011-04-29 00:01 | 音楽  

<< ピアノ夜話 その6/ポール・ブ... 鶴井美和/はらだ有彩「名ごり」 >>