大竹伸朗 直島銭湯「I♥湯(アイラブユ)」

「フリップ&イーノ」の曲が流れる銭湯。そんな作品が瀬戸内海の直島に出現しました。

この銭湯の存在を知ったのは、たまたまそのホームページを見つけたから。直島銭湯「I♥湯(アイラブユ)」、作者は美術家の大竹伸朗氏。
これを見つけたときは、やられた!と思いました。そして、面白い作品に違いない、と思ったのです。

「やられた!」というのは、銭湯の壁画というものに前々から興味があったからです。実用的な絵画の場所としての銭湯に魅力がありましたし、そこで描かれている富士山の絵などの、ちょっとチープな感じも好きでした。以前、自身の個展で壁一面にタイルを張った上に油彩でペインティングを施したことがあるのですが、その時の発想のもとは、銭湯内で撮影されたサディスティック・ミカ・バンドのLPジャケット写真でした。そこに写っているタイルに描かれた鯉の絵に触発されたのです。

一方で、自ら「コンセプトはない」とおっしゃる大竹伸朗氏の造形性は、純粋な美術としてのタブローや彫刻として提示すると弱くなると私は思っていました。スクラックブックなどの、そこから逸脱した形式になったときに生き生きすると思っていたので、銭湯という実用性のある場所、しかも大衆的な猥雑さもあるこの場所は、まさしく大竹氏のフィールドだと感じたのです。

そして見つけたのが美術手帖2009年12月号掲載の浅田彰氏による作品評。そこには ”フリップ&イーノの環境音楽(「Evening Star」)”がこの銭湯で流れていると書いてあるではありませんか!

フリップ&イーノは、キング・クリムゾンのギタリスト、ロバート・フリップと元ロキシーミュージックのブライアン・イーノというロック界の奇才2人が組んだユニットです。その音楽は、イーノによる音のループに浮遊感のあるフリップのギターがかぶさるという実験的なもので、イーノはその後「アンビエントミュージック」によって環境音楽へのアプローチを展開させました。今では音楽の1ジャンルとなっている環境音楽は、この2人の実験から始まったとも言えます(サティによる家具の音楽という試みもそれ以前にありますが)。
f0189227_351418.jpg

受験生の頃、私が通っていた梅田の画塾近くの商店街に「LPコーナー」という輸入レコード屋があり、そこでフリップ&イーノの2枚のアルバム「ノー・プッシーフッティング」と「イブニング・スター」を買いました。ボール紙による粗雑な作りのアメリカ盤ではなく、紙は薄いけれど丁寧な作りのイギリス盤のこの2枚は、美しいジャケットワークとともに私のちょっとした宝物でした。
でも実験的であるがゆえに、その音の大半は耳障りなものか退屈なものなのですが、どちらもA面だけは何度も聴くことができる曲であり、特に「イブニング・スター」A面のタイトル曲は、ディストーションのかかったフリップのギターが野太くも美しい名曲です。

5月3日の深夜に放映された「I♥湯」制作過程に密着したTVドキュメンタリー番組のワンシーン、完成間際の銭湯内で語る大竹氏のバックに数秒ですが「イブニング・スター」が鳴っているのを聴いて、思わず鳥肌が立ちました。浅田氏は作品評の冒頭、”21世紀の全体芸術が出現した”と書いていますが、私としても ”銭湯でイブニング・スターが聴けるなんて!これが21世紀か!”といった感慨です。

雑多な無秩序感の中にも透明な美しさをもった銭湯の内部。ドキュメンタリー番組では、さらに詳しいその様子、成り立ちと細部が明らかにされ(古い銭湯を改装したのだろうと思っていたら、建築物を一から大竹氏が設計したこと、激しいブラッシュワークのカラフルな天井ガラス絵が、必要に迫られて急遽発想されたものであること、意味不明の青い文字の言葉や絵が描かれた愉快なタイルたち、外壁に職人さんに描いてもらった富士山、などなど)、実際、ずっとイブニング・スターが鳴っているのかどうかは定かではありませんが、いずれにせよ、早く一度行ってみたいものだ、と思っています。(n.m.)
[PR]

by matsuo-art | 2010-05-13 22:38 | 美術  

<< 北野武「アウトレイジ」 カンヌ映画祭 京都国立博物館「長谷川等伯展」 >>