杉本博司「苔のむすまで time exposed」 

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現代美術家 杉本博司氏の「苔のむすまで time exposed」を図書館で借りて読みました。
これは2003〜04年に雑誌「和楽」に連載されていた文章を中心にまとめられた、杉本氏の1冊目の評論集です。2008年の「新潮」に12回にわたって連載したものをまとめた2冊目の評論集「現な像(うつつなぞう)」はすでに買って持っていますが、こちらはまだ全部読んでいません。というのも、内容があまりにも面白く、深いので、いっぺんに読んでしまうのはもったいない、と思うからです。

「現な像」は、昨年9月、やなぎみわ展(国立国際美術館)を観たおりに、展覧会の図録を買おうと寄ったミュージアムショップで見つけました。やなぎみわ展図録とほぼ同じ値段の「現な像」と、「苔のむすまで」と、どれを買うべきか、懐が寂しいので3つで迷った末に買ったのです。
「現な像」に決めた理由は、たいへん感銘を受けた昨年春の杉本博司展(国立国際美術館)の作品の中でもさらにピカイチだった”十一面観音立像”について最初のページで語られていること、そして最後のページに載っている”土星の月エンセラダス”の写真がとても美しかったことからです。

杉本博司展に展示された”十一面観音立像”は平安時代の木彫の仏像ですが、素朴かつ流麗なその姿に言葉もありませんでした。杉本氏によってブランクーシさながらのシンプルな形態の台座に乗せられたその像からは、近代造形的な視点、つまりフォーマリスティックな彫刻としての視点から観ても、ブランクーシに匹敵する美しさを備えていることが一目瞭然に伝わってきます。さらにそれが遠い昔から信仰の対象になっていたことを考えれば、ブランクーシ以上の価値であると言ってよいかもしれません。

古美術商を営んでいたことのある杉本氏は、個人的な経験やその芸術活動を、長くて広い人間の歴史へと関連させていく視点を持っています(”十一面観音立像”も古美術商時代に培った目で集めた珠玉の杉本コレクションの1つです)。その内容の奥深さは、読み手の思考をも思索の旅へと誘ってくれるのですが、一度に読んでしまうと、頭がいろんなところへ旅立とうとして困ります。

もともと一ヶ月おきに連載していた文章ですから、それくらいのスパンで読むのがよいのでしょう、「苔のむすまで」もそんな理由から、途中で読むのをやめようかと思ったのですが、図書館で借りたこともあって、ついつい最後まで読んでしまいました。
詰め込みすぎて、発酵するのに時間がかかりそうです。
(n.m.)

by matsuo-art | 2010-02-01 01:20 |  

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