今日は2025年1月17日、1995年の阪神・淡路大震災から30年経ちました。
テレビで1・17のつどいや震災関連番組を見ながら、あの震災を体験したものとして次の世代へと語り継ぐことの大切さをあらためて感じています。震災から16年目の2011年にこのブログに書いた文章を再録します。
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手塚治虫の「ザ・クレーター」という短編マンガ集に、こんな話がある。
2000年前のメキシコ、今まさに神への生けにえになるという少女が、”あと10年生きたい、平凡なふつうの人と結婚をして子供を作って、幸せな家庭をもちたい”と願う。神はその願いを受け入れる。彼女は現代の日本に流れ着いて青年と巡り会い、結婚し、子供もできる。しかし、まさにその幸せのさなか10年の時が経ち、2000年前のメキシコに引き戻され、生けにえにされる。
そんな不条理で、悲しい物語だ。
子供の頃に読んで以来、心の中にひっかかる話だったが、震災を経験してから、私もその少女の幻のような世界に生きているのではないかと思うことがある。2つの世界は、紙一重だ。
震災のあの日、住んでいた須磨の木造家屋は全壊した。2階で寝ていた私は突然の大きな揺れに起こされ、立とうとするも上手くできず、中腰で揺れながら、なされるがままだった。
足下の本棚が倒れた。床が抜けて体が沈んだ。このままだと抜けた床の隙間に挟まれて死ぬと思い、揺れ続ける部屋に対し、止まれー、と心の中で叫んだ。
しばらくして揺れは止んだ。
気が付くと隣で寝ているはずの妻がいない。妻は夜中の3時頃だろうか、気分が少し悪いと言って1階で起きていたのを思い出した。私は1人で2階にあがって寝ていたのだった。その2階は下に沈んで1階を押しつぶしている。
大声で呼びかけるが返事がない。私はその時、妻と子供と、同時に失ったと思った。実際にはその時まだ子供はいなかったのだが、子供がほしいね、とその頃よく話していたからだ。
私は眼鏡のないぼやけた眼で部屋の壁をよじ登り、天井との間にできた本来あるはずのない大きな開口部から、隣家1階の屋根の上に脱出した。そして数分後、奇跡的に怪我もなく助かった妻と、玄関前の路上で再会する。
妻はちょうどもう寝ようと思ってストーブを消し、トイレに入ったところだった。玄関の横に位置していたトイレには2階部分がなく、つぶされずにすんだのだった。
それから1ヶ月かけて、我々2人は倒壊した家から取り出せる荷物をひたすら取り出した。疲れもたまり荷物もつきて来た頃、妻が妊娠している事が分かった。あの日に気分が悪かったのは、別の命が宿ったしるしだったのだ。
子供が妻を助けてくれた、と思った。その長女も今、もう中学3年生だ。
巨大な自然の力を前にして、我々は何もできない。震災を体験して感じた事は、大きな災害のその瞬間、人間は何もできないということ。全く無力で、生きるか死ぬかは運でしかない。我々にはたまたまその時、運の良い方へ振り子が振れたのだ、としか言いようがない。
ただ、もしそのように、その瞬間を運良くかいくぐる事ができたなら、そのあとは自分の行動次第だ。正しい情報を入手し、より良い判断を選択し、慎重かつ迅速に行動する必要も出てくるかもしれない。その時のために、平常時からやれることがある。(n.m.)
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by matsuo-art
| 2025-01-17 14:10
| その他

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
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by matsuo-art
| 2025-01-01 12:00
| その他
11/3(日)に京都へ行って、京都市立芸術大学「芸大祭」、両足院「黙: Speaking in Silence –Bosco Sodi & Izumi Kato」、ギャラリー16での倉智敬子+髙橋悟「On things and comradesドウシヤマアラシノシ」展、へ行ってきました。
昨年11月から痛めた右膝が冬の間に悪化、5月に手術をして、今は杖を使いつつ大分歩けるようになりました。京都へ行くのも1年ぶり、というか久々の遠出です。JR京都駅から京都市立芸術大学に寄り京阪七条駅まで歩きましたが、以前では大したことのないこの距離をなんとか歩けることができ、行動範囲も少しずつ戻ってきました。当初は脚のことを考えて寄るつもりではなかった芸大祭にも少し立ち寄れましたし、4人の松尾美術研究室の卒業生にも会えました。




両足院は建仁寺の中にありますが、ちょうど昨年の秋にも建仁寺でキャノン制作の雲龍図複製画を見に行ったことを思い出します。今回の展示では、ボスコ・ソディと加藤泉の二人のアーティストが庭も含めた両足院の空間あちらこちらに作品を展示していましたが、作品が違和感なく存在しているのは、掛け軸形式での展示や、枯山水を想起させる石を素材として使っていることも要因でしょう。二人の作品の響き合いもあり、うまい具合に空間を異化していて、心地のよい場となっていました。私は脚の不具合もあってできませんでしたが、畳に座って長い間空間を楽しんでいる方々もちらほらおられました。今の私にぴったりの作家特製「両足院健康お守り」も購入しました。







ギャラリー16での倉智敬子+髙橋悟「On things and comradesドウシヤマアラシノシ」展では、再制作された、ちょうど100年前の1925年パリ万博でソビエト連邦から出品された「労働者クラブ」のチェステーブルを中心にして、二人のアーティストの作品やテキストが交錯する場となっています。平芳幸浩氏(京都工芸繊維大学教授)を招いてのギャラリートークでは、作品の成り立ちや、マルセル・デュシャンを絡めた1925年という時代性についてなど、興味深い話を聞くことができました。(n.m.)

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by matsuo-art
| 2024-11-06 14:35
| 展覧会
HAPPY NEW YEAR 2024
新年明けましておめでとうございます。
松尾美術研究室



これは「風神雷神図」で有名な俵屋宗達が描いた「雲龍図屏風」です。ただし、スミソニアン協会フリーア美術館に所蔵されている実物は門外不出で、実際に鑑賞するためにはアメリカの同美術館まで行かなければなりません。
この画像は、昨年秋に京都の建仁寺に展示されていた高精細複製画の様子です。京都文化協会とキヤノンが取り組む「綴プロジェクト」によって制作されました。
高精細とはいえ複製ですから、実物が持つ質感や肌合いから立ち上がるであろうオーラまでは感じることができなかったものの、憧れの作品のサイズ感などを初めて体感することができました。辰年の今年最初にアップさせていただきます。
そして建仁寺には、海北友松が描いた「雲龍図襖絵」もあります。

こちらも作品保護のためでしょう、展示されていたのは複製画でしたが、宗達の雲龍図よりも大きくて迫力のある水墨画です。以前、京都国立博物館で開催された「海北友松展」で実物を観て、心が大きく動かされたことを思い出しました。
ほぼ同時期に活躍した2人の絵師が描いた、個人的には雲龍図の真打と思っている2点の水墨画。複製ながらも同じ空間で揃って同時に鑑賞できたことは感慨深い想いでした。
不穏で不安な時代ではありますが、年頭にあたり、美術が今年も我々の世界に豊かさと平穏をもたらし、我々の心に希望と勇気を与えてくれることを願います。
(n.m.)
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by matsuo-art
| 2024-01-01 03:14
| その他

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
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by matsuo-art
| 2023-01-01 00:12
| その他